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十一面体の中に新設された防衛局には、新しい人材が集まってきた。仕事をする気満々の若者が多く、サクゲナ市の出身者がほとんどだった。
バリー・セナジもその一人で、最初は市民軍に志願したが、専門のV・R作りの腕を買われて防衛局情報課に推薦された。パートナーであることを配慮されたセネット・クレリも情報局員として同時に赴任した。
バリーが寝る暇もなく作ったV・Rは、防衛局に配属された新人の教材となった。教材作りが終わると、映像で判別できる限りの敵の宇宙船の性能を割り出し、有利な戦術を考案することがバリーの主な仕事になった。とはいっても、超AIとの共同作業で、実際のところはバリーが教えてもらうことのほうが多かった。
そして、扱ったことのない多次元量子場干渉型演算装置に触れると、そのパワーに驚愕すると同時に、今までの自分がやってきたシミュレーションが、本当に子供の遊びに過ぎなかったことを思い知らされた。触れれば触れるほど《シミュレーションなんて近似値に過ぎない。百%ではない》という信条が揺らいでくる。九九のあとに九が四十五個も並べば、導き出された結果は《真実》や《真理》とほぼ見分けがつかない。
敵の宇宙船の性能査定が固まると、次は多次元量子場干渉型演算装置のパワーをふんだんに利用した、戦略シミュレーションの作成に没頭した。この作業は、相手ばかりではなく、ラロス系に現存するすべての戦力や、利用できるエネルギーの詳細も学ぶ必要があった。そのためには、今までは極秘扱いされていた新技術のデータも大量に提供された。
特にバリーが目を見張ったのは、空間の相転移をエネルギー源として利用するテクノロジーだった。最初は信じられなかったが、AIに助けられながら理論を追うと、意外にも簡単な仕組みに思えた。そして、相転移エネルギーを利用すると、今までにない高性能爆弾が作れることに気がついた。それが炸裂すれば、あたかも超新星爆発のように、恒星系の一つや二つを簡単に蒸発させてしまうだろう。それだけのエネルギーを解放する、いわば最終兵器だ。
バリーは、ルビア・ファフ長官から、対アルビル戦略をできるだけ多く考えて報告するように言われていた。戦略シミュレーションをいくつか動かして思考錯誤した結果、数日かかってこれだと思える作戦を構築した。そこで、忙しいルビア・ファフ長官にアポイントメントを入れ、作戦のプレゼンテーションを行うことにした。
今までは十一面体の地下にある秘密の小部屋だけがラロス系防衛本部だったが、評議会の正式な承認のもとに得られたスペースはその二十倍になった。
この区画に詰めるスタッフは、常駐するヨアヒムのセカンドレベルを含めると三十人ほど。他の部局とは違って人員の出入りはあまりなかった。しかも生活は十一面体の内部で完結できたから、相変わらず閉鎖的で薄暗い雰囲気が漂っていた。
バリーが主催するミーティングはセキュリティの厳重な小部屋で行われる。すべての情報がシャットダウンされ、外部から侵入できるのは重力波だけの部屋でバリーがプレゼンの用意をして待っていると、そこに首相のイーアライ・クールグ、ヨアヒム、ルビア・ファフが入ってきた。ルビアはバリーに向かって「ご苦労」と軽く右手を上げた。
丸い小さなテーブルを囲んでイスに座ると、首相が一同を見回しながら「では、会議を始めようか」と告げた。その隣でルビアが目で合図を送る。ヨアヒムはいつものように背筋をピンと伸ばして完全無欠な正しい姿勢で座っていた。
バリーが上くちびるを舌で一回舐めて切り出した。
「面白い作戦を考えました。ぜひ聞いて欲しいと思います」
「うむ」
首相が相槌をうつと、テーブルの中央にラロス系のホログラムが浮かび上がった。
「この作戦には前提条件があります。アルビルの戦艦は、ラロス系の近傍から突然出現します。ワームホールを使っていると推測されています。その場所は特定できていますか?」
「およその場所はわかっています。てんびん座の方向に、恒星ラロスから一・二光年の距離のところです」
ヨアヒムがそう答えると、ラロス系の斜め上部の当該場所に輝点が現れた。それを受けてバリーが続ける。
「今まで、我々は防戦一方でした。戦略もどうやって敵の侵入をラロス系の周辺で防ぐかという点に絞られてきました。もちろん、敵の本拠地がわからない以上、仕方がありません」
「そうだな。敵の本拠地がわかれば、新しい作戦が可能になるかもしれない」
そういったルビアのほうへバリーの顔が向く。
「これは推測でしかありませんが、ワームホールの入口が敵の本拠地の近くにあるのだとしたら、敵の本体を潰せるかもしれません」
「ふ~む。なんとなくあなたの言っていることがわかりました」
ヨアヒムが少し笑みを浮かべていた。だが、「先を続けてください」と促す。




