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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「話を聞いたほうがいいですよ」

「絶対に嫌」と言い放ち、親の視線を背後に感じながら、彼女は昇降口に向かった。しかし、ドアが開くとそこにはザトキスの神官の事務局長を務め、教祖さまの忠実な部下であるダニメア・ルースが一体のAIロボットを従えて突っ立っていた。この男は遺伝子的にアーイアの弟にあたるが、同じ母親ではなく人工子宮から生まれた。苗字が違うのは保護者が違ったからだ。

 叔父の視線を感じながらもイアインは無視して階段を降りようとした。が、先回りしたダニメアが前に立ち塞がった。まさか身内の人間がご主人さまへ危害を加えるわけがないと判断したラナンは、その様子を見守っていた。

「なにか用?」

「お嬢さま、お願いです。お母さまの話だけでも聞いてください」

 おかしなことに、ダニメアは姪に向かって最上級の敬語を使った。だが答えはそっけなかった。

「昨日、伝えたでしょう。お断りします」

「ですが、これは重要な話なのです」

「じゃあ、ファイルか何かにして届けて」

「内容に関しては私も教えてもらえないほど重要なことらしいです。盗聴されてはならないこと。だから、直接会って二人だけで話したいということです」

「私にはもう干渉しないでと伝えておいて」

 そういってダニメアの脇をすり抜けようとしたとき、後ろから腕をつかまれた。

「強情な子ね。待ちなさい」

 止められた娘は振り返った。そこには、いまやレザム星の人口の五分の一近くの信者を抱える教祖がいた。その事実のためか威厳や権威といった重々しい雰囲気が漂っている。光を背にしているので顔が影になり、よく見えなかったが、今回は話を聞いてもらうという強固な意志が感じとれた。

「どうせ宗教の話でしょう? 私はあなたの教義に賛成しません!」

 母親に向けた顔が、どうしてもこわばってしまう。嫌いではなかったし、むしろ幼少時に温かい愛情を注いでもらった記憶が、この人を好きだと認めろと言っている。だが、どうしてもアセンションするのが人類に残された最後の道であるという主張が受け入れられなかった。アセンションとは、ナゲホ・ミザム議長の話を聞いたあとでもなお、要するに集団自殺だとしか思えなかったからだ。

「離して!」とイアインは腕を振り払い、ダニメアを押しのけて階段を降りた。その後を追いかけてくる雰囲気があったが、ラナンがなんとか押しとどめてくれているようだった。

 家に戻ると、イアインは部屋に備え付けのAIに命じてセキュリティを強化した。

 しばらくすると、ラナンがメッセージを受け取った。それはしつこい母親ではなく、イーアライ・クールグ首相からだった。発信者証明付のファイルには、簡単な文書が入っていた。それをラナンが読み上げた。

《明日、十一面体まで来て欲しい。時間はいつでもかまわない。評議員や主要な政府役人たちは全員泊まり込んでいる。重要な話をしたい。私は一度君の希望をかなえた。恩を売るわけではないが、今度は私の希望をかなえて欲しい》

「最近になってずいぶんと人気者ですね。サクゲナの市民団体からは顧問になって欲しいとか、マクモ・ゾーラ市長も面会を求めてきているし、母上の次は首相ですか」

 ラナンが皮肉にも見える笑みを浮かべていた。

「行きたくない」と、彼女はソファであくびをし、両手を上にあげて伸びをした。

「ここまで言われちゃ、行ってあげるのがライント家の血筋ってもんでしょう」

「そんな血筋は知らない。それにしても重要な話をどうしてみんな私に話したがるの。重要な話なんてされても私は責任持てないのに」

 ラナンがクスクスと笑い出した。

「さて、どうでしょうか。みなさん、あなたのできることできないことは理解しているでしょう。ということはあなたにもできる何かがあるということではないでしょうか」

「それは何よ」

「わかりません。ただ、ラロス系が実は戦時下にあったという事実が発覚したいま、政府は大慌てで色々なことを始めています。たとえば防衛局を新設し、あのルビア・ファフ艦長を長官に据えたり、サクゲナ側の不満を抑えるためにマクモ・ゾーラ市長を評議員に加えようと言い出したり、ヨアヒム検証委員会を設けたり、すったもんだ状態でしょう。セキュリティのために政府関係者は十一面体に泊まり込んでいるようですが、本当は通勤時間も惜しいほど忙しいんでしょう。人手も足りない。おそらく、あなたに求められるのはそれらに関連したものだと推測します」

「政府関係の仕事? それこそ私なんかにできるわけないでしょう」

「ただ、レベル4AIの私やヨアヒムのセカンドレベルがついていれば、ほとんどの仕事はできるはずです」

 そういってラナンは笑顔になった。確かにその二人がいれば何でもできるに違いないのだが。

「だったら私抜きで二人でやればいいじゃない」

 ふくれっ面をしているイアインがおかしくなったのか、ラナンは声を出して笑った。

「いいですか? この惑星上において主役は人類です。AIではありません。確かにAIはすべての仕事ができます。しかしそうなってしまったら、本当に人類は……」

 ラナンは口ごもった。そこから先は言ってはならないことだった。

「すみません。調子に乗り過ぎました」

「いいのよ。みんなわかっている事実だから」

 人間とAIのコンビはしばらく沈黙した。


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