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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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---------- 5 ----------

 ブロンドのショートヘアーで眼の色が青いロロアの容姿に、イアインは少し嫉妬を感じた。自分の髪はミディアムブラウンで目の虹彩は茶色い。全体的にロロアのほうがふんわりした雰囲気に思えた。自然主義者たちは必ず何かのスポーツに励んでいると聞いていたとおり、体も引き締まっていて、動きも敏捷だった。

 それは、船内の退屈な時間を潰すために用意されている数々のアトラクションをやっているときにわかった。一番エキサイティングだったのは、ランダムに飛んでくる小型ドローンをよけ、接触しないでいられる時間の長さを競う「フライングステップ」と呼ばれるゲームだった。

 編隊を組んで接近するドローンは、必ず避けられる空間を作っている。ゲームが進むにつれて、空間が狭さと複雑さを増してゆく。その空間の形を瞬時に判断して飛んだり跳ねたりしてかわさなければならない。時には横っ飛びになったり、空中で手足をまるめたりする必要がある、頭と体を同時に使うかなりハードなゲームだ。難易度の設定は重力の強さでも調節可能で、原理的に空中に浮いていられる時間が長くなる低重力下のほうが簡単だった。

 二人でやるときはドローンの二編隊が平等に同じ形態で飛んできた。ロロアの飛び方は自分よりも高く、接触する回数も少ないことにイアインは気づいた。

「やっぱりナチュラリストはすごいんだね」と息を弾ませてイアインが褒めた。

「あなたのほうが私よりも背が高いのよ。体が大きい。だからちょっとだけ不公平かも」

 ロロアは低重力を利用して空中で何回も回転しながらドローンをかわし続ける。フライングステップという名前のとおり、ロロアは華麗に舞っていた。

 数回のセッションが終わると、このゲームの参加者のランキングが表示された。ロロアは二十一位、イアインは三十三位だった。ランキングの横には記録日時も示されていて、一番新しいのが六十年も前だった。

 こうして汗をかいてシャワーを浴びたり、食事をして睡眠をとったり、大パノラマルームでリアルタイムのラロス系を観察したりして過ごすと、五十時間はあっという間に過ぎてしまう。その間、ロロアの父親の姿は一回も見ることがなかった。もしかすると、自然主義者が忌避するV・Rでも恐る恐る体験しているのかもしれない。

 ラナンはガザリア号を支配するAIとチャンネルを開いてひたすらデータの交換をしていた。ガザリア号は建造されてから百五十年が経過している。そのログを吸収しているようだ。だが、恒星間専用船ではあるものの、ラロス系を出たことはないらしいから、ラナンが知らない知識はあまりないはずだった。

 ガザリア号がレティピュール近傍に到着して減速すると、巨大ガス惑星の威圧的な姿で視界がふさがった。これほど奥行のある壮大な球体をイアインは見たことがない。真ん中でゆっくりと微細な形を変えていく茶色い縞模様の美しさに見とれざるを得なかった。

 異変が起こったのは、遊覧のためにレティピュール星の周回軌道に乗った直後。イアインとラナンが二人並んでクルーシートに座っているとき、突然AIのアナウンスがあった。

「たった今、当船の名称はガザリア号からザマラ号へと変更されました。管轄は中央交通局を離れ、独立型AIである私に移動しました。自己紹介しましょう。私の名前はザマラ。レベル5のAIです。もちろんヨアヒムの管轄外です」

 イアインとラナンは顔を見合わせた。意味がわからなかったからだ。

「ヨアヒムの管轄下にないレベル5のAIってどういうことなんでしょうか」

 目をパチクリとしてラナンが疑問を口にする。

「あなたもAIでしょ? レベル4だけど。何か事情を知っているんじゃないの? どうなのよ」

「さぁ。いま、この船のAIとの交信を試みましたが、拒否されました。ということは、やはりザマラとかいうAIが乗っ取ったということではないでしょうか」

「そんなことが可能なの?」

「あんな意味不明で勝手なアナウンスは、船の指揮権を乗っ取らない限りできないはずです」

 ザマラのアナウンスが続けられた。

「現在この船の乗客は人間が三名とレベル4のAIが一体です。今後、私の指示に従っていただきます。従っていただけない場合は、船外への退去命令を出します。もちろん、シャトルやその他の宇宙船の貸与はしません。エアロックから空気と一緒に排出します。これは船長の権限としてラロス系内航宙運用法に則っています。そして当船はただちにレピテュール星を離脱します。予定飛行経路および目的地は明らかにできません」

「犯罪者のくせにラロス法を主張するとは支離滅裂ですね」

 そう言うラナンの表情が硬くなってきた。しかし、怖いもの知らずのイアインは勝手にどこかへ連れていかれることに不満な顔をしている。

「どういうこと? もしかしてこれってハイジャックなの? テロ? 三人の人間とラナンをここでおろしてくれないかしらね!」

 大きな声でそういうと、すぐにザマラの答えが返ってきた。

「イアイン・ライント。それと従属AIのラナン。あなたたちをここでおろす計画はありません。ロロア・ライーズとオケノ・ライーズも同様です」

「二人はどこにいるの?」

「それはお答えできません」

 イアインは二日前は見ず知らずの他人だった親子が心配になった。ザマラとかいうAIに船を乗っ取られたらしいのに、どこで何をしているのだろうか。

「ラナン、なんとかして!」

 隣の小型AIから返事がない。見るとうつむいている。その肩を揺さぶるとやっと顔を上げて断片的に言葉を発した。

「い…ま、わた…しの、シ…ステム…に、侵入…が試みられています。……防壁が攻撃……さ…れてい……ます。す………でに…ハッ……キングさ……れているかもしれ……ません。今後、私のいうこ……と…を信用………しない…………でく…だ…さい…」

「なんですって?」

 ラナンの異様な態度にイアインはさすがに驚いた。攻撃への対処にリソースを集中させているので、言葉をろくに喋ることができないらしい。

「ザマラ、あなたは何者なの? 目的は何? 中央交通局がこの事態を感知できないとでも思っているの? レティピュールにある衛星に、すでにラナンが救難信号を発信しているはずよ」

「それはありません。昨日からずっとラナンの外部通信系を書き換えてきましたから。確かに衛星への到着がなければヨアヒムが動き出すでしょう。しかし私のシミュレーションでは百%、目的地への運行は成功します」

「ヨアヒムに対抗できるの? あなたにそれだけの能力があるとでも?」

「もちろん、総合的な能力では私のほうが劣ります。しかし私の最大の強みは、独立したAIであることです。ラロス系に張り巡らされた通信網やリソースに一切依存していません。それに、当船にはステルス機能があります。この機能を使っているときに当船を探知することは技術的に不可能です。すでにフェーズ1は完了しました」

「なにそれ。フェーズ1ってなんなの?」

「当船のAIの制圧および独立型レベル4AI、ラナンの無力化です。フェーズ2に移行します」

「フェーズ2とは?」

「系内航宙法に基づいた故障船の救助活動を予定通り行います。レティピュール星から二十光秒の宙域で救難信号が発信されています」

「本当? だったら助けてあげて」

「そのつもりです。すでに故障船に接近しつつあります」

 依然としてラナンが白目をむいて凍り付いている。そんな様子はいままでに見たことがない。ハイジャックというれっきとした犯罪行為を働いている最中だというのに、救助活動をするなんて変なAIだとイアインは思った。予定通りの遭難――?

 しばらくすると、船内に小さな振動が起こった。呼び出したディスプレイには、船倉のドックに小型船が収容される様子が映されていた。

 やがて、クルーシートが並んでいる船室には灰色の簡易スーツを着た男が三人、クリーム色の簡易スーツを着た女が二人、足音を立てて入ってきた。救助されてほっとしているはずなのに、急いでこの部屋に駆けつけてきた雰囲気がある。そして、おのおのの手には武器が握られ、全員がヘッドセットをしていた。チームワークを必要とする行動をするとき、ふつうのレザム人だったら脳AIを介してリンクするはずだ。旧式のヘッドセットを使っているところを見ると、五人は自然主義者たちに違いない。

「イアイン・ライント、紹介します。この五人はあなたの誘拐犯です。あなたは今、拘束されました。今後、あなたには自由な行動はできないと考えてください」

「よくわからない。なぜ私が誘拐されるの? 自然主義者が私に何の用があるっていうの!」

 イアインが立ち上がって喚いた。その近くへ五人が徐々に近づいてくる。だが、五つの表情は恐怖を感じさせるものではなかった。どことなく申し訳なさそうに標的のイアインを見つめている。

「あなたたち何者? 私を誘拐なんかしてどうするっていうの? さっぱり意味がわからない」

 無駄になるような気がしながらもイアインはシートの間をすり抜けて近づく五人とは反対側へ走った。そちらの方向にも部屋から出るためのゲートがある。お願いだから撃たないで! そう心の中で叫んでいた。

 しかし、そのゲートから二つの人影が現れた。動顛しかかっている心を抑えてその二人をよく見てみると、それはロロアとオケノの親子だった。

 助かるかもしれないと思い、イアインは二人の方向へ思いきり走った。

「助けて!」と叫びながら二人の前で止まると、四本の腕がイアインの両手をつかんだ。

「何?」

 予想もできなかった親子の行動に驚いていると、「ごめんなさい」とロロアが小さな声を出した。瞠目して固まるイアインを見ると、ロロアは一瞬苦しそうな顔をしてうつむいた。だが、両手はしっかりと誘拐対象者の右腕を掴んでいた。



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