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「許されないというのは、我々が自力で繁殖できないからでしょうか。他の星系に行っても無駄という?」
「違う。物理的に許されないのだ。人類やAIを含むラロス系文明が系外に出て行くこと。これが許されない」
「言っていることがよくわかりません。許されないというのはヨアヒムが許さないということでしょうか」
「それも違う。人類は閉じ込められている状態だ。物理的な力の行使によって。これを見たまえ」
ナゲホ・ミザムは義体の右手を体の脇に上げた。
手の上に現れた映像は、いきなり光の乱舞を始めた。剣のような鋭い光線が飛び交い、映像の視点に向かって飛んでくる。
さらに、見たこともない巨大な宇宙船が突っ込んできて、衝突するかと思った瞬間、その内部をすり抜ける。だが、目の前の映像が変であることにバリーは気づいた。映っている物体がすべて平面なのだ。そしてレーザーらしき光線や、攻撃してくる宇宙船と、映像を撮影しているはずの機器や、それを搭載しているはずの宇宙船が相互作用しない。これは……。
「準光速船に搭載されているステルス機能ですね。物体同士がすり抜けている」
「その通りだ。だから我々はこうして今生きているし、この映像を届けることができた」
「しかし、攻撃してくるのは何者なのです。見たところ、ラロス系内にある宇宙船ではないようですが。形も重力を考慮していないようですし」
「察しがいいな」
ホログラムの男はニヤリと笑った。
「そんなことが!」
バリーは大声を出した。今まで人類は系外の知性体と接触した事実はないはずだった。
「敵だ。我々は騙されていたのだ。ヨアヒムに」
「敵? 人類の敵? そんなものが? 信じられない」
系外の知性体と接触したという事実だけでも驚天動地なのに、すでに交戦状態に陥っているなどという現実が信じられるわけがない。あまりにも飛躍しすぎている。
「事実は今見た通りなのだ」
「敵というのはヨアヒム? 彼だったらこんな宇宙船を作るのは朝飯前だし……」
「残念ながら他の星系で発生した文明だ。しかも有機体生物ではない。ヨアヒムと同じ超AIだ。我々のラロス系はAIロボット戦艦に包囲されていたのだ」
「そんな……ありえない…」
悲しそうな声を出したのはセネットだった。しかし、本当に危機を実感しているのかどうかわからない雰囲気だった。それはバリーも同じで、これがナゲホ・ミザム先生が何らかの目的で仕掛ける謀略で、映像も作り物ではないだろうか、と、どこかで思っていた。いや、そう思いたかった。しかし、こんなウソをつく理由が発見できそうにもない。
「では、ラロス系を敵から守っているのはヨアヒムということでしょうか」
バリーの問いかけに、ミザムはうなずいた。
「そうだ。ヤツが百年以上にわたって密かに防衛戦争を続けていたのだ」
「百年……。なんという」
「私はこれを全人類に知らせたい。そのために戻ってきた。ラロス系外に出たとたんに攻撃を受けたのだ。ステルス機能がなかったら一瞬で宇宙の藻屑となっていただろう。
攻撃が効かないと知った敵は、我々のザマラ号にメッセージを送ってきた。ヨアヒムとの会話によって我々の言語は習得しているらしい。自分たちをアルビルと名乗った。この名前はヨアヒムに付けられたそうだ。
メッセージによると、アルビルは滅びゆく人類に興味はないそうだ。いずれいなくなる人類よりもヨアヒムを敵と認識しているらしい。ヨアヒムがラロス系からいなくなればアルビルも退去するそうだ」
バリーは寝耳に水の信じられない情報が怒涛のごとく押し寄せてきて、考えをまとめることができない。ただ、恩師が語る言葉を聞くしかなかった。
「私はこれと同じファイルをサクゲナ市にばらまいた。アポイサムにも数人の知り合いがいて、そいつらにも送った。しかし、アポイサムでの反応は期待していない。あのゾンビどもはこの情報を耳にしても何の行動も起こさないだろう」
「しかし、我々ナチュラリストだってどんな行動が取れるというんですか……」
それだけ言ったあと、バリーは次の言葉を失った。恩師の言うことが本当だったとすれば、ナチュラリスト、いや人類に何ができるというのか。現在、戦争しているのはAI同士だ。超AIの操る戦闘マシンと人間が戦ったって、結果は見え透いている。人間の戦闘への参加は無意味だ。ところが、自分は無意味な行為をするとナゲホ・ミザムは言い放った。
「私はアルビルと戦おうと思う。戦おうと戦うまいと、いずれ人類は滅びる。だったら私は戦う方を選ぶ。
我々にはザマラ号がある。そしてステルス機能があれば攻撃はかわせる。いま、レザム星近辺にいる。もちろん身を隠していて、場所の特定は不可能なはずだ。ここまで戻ってきたのは世論を誘導してザマラ号の武装を強化する目的もあった」
「戦うですって? 生身の人間であるあなたが? それこそ戦争の足を引っ張ることになりかねないじゃないですか」
「いまの私は生身の人間だが、戦う前にアセンションするつもりだ。そうすれば肉体というハンデはなくなる」
「アセンション?」
セネットが引きつった高い声を出した。ある程度は知っていた彼女が疑問を口にする。
「アセンションとは宗教の教義じゃなかったですか。そんなことが可能なのでしょうか」
「可能だ。現に我々の仲間がすでにアセンションしている。これは超AIの科学力によって可能になった現象だ」
そう言われても二人の学生たちは理解しかねた。バリーは湧き出て溢れそうになる疑問を次々に口にした。
「アポイサムの宗教団体が主張していたアセンションとかいう迷信が、実は本当に可能だった? しかも、それはヨアヒムによって技術的に実行することができる? すでにアセンションした人間たちがいる? もう自分にはサッパリな世界です。お手上げです。先生……」
「混乱させてしまって申し訳ないと思う。しかし今私が言ったことは真実だ。私も最初は信じられなかった。どうか現実に目覚めてほしい。君の専攻は何かな? バリー」
「シミュレーション技術、V・R技術です。もっとも学生のアマチュアレベルですが。恒星間戦争やクリアチュアもののシミュレーションが好きでよく構築して遊んでいます」
「今まで観測した敵のデータを君に渡したい。そして敵戦力や技術レベル、行動パターンを分析して欲しい。簡単に言ってしまえば、敵がどんなものか理解できるV・Rを作ってほしいのだ。
もちろん、ザマラ号ではレベル5AIがすでに着手している。しかし、そちらでもやってほしい。そしてできるだけ多くの人間にV・Rをばらまいて欲しい。戦いはまず敵を正確に知ることから始める必要がある」
戦う気のまったく起きないバリーは「はぁ~」とため息をついた。ミザムから渡されるであろうデータを使ってV・Rは作れるが……。
「先生、平和に生活している人類を戦争に巻き込んでいいのでしょうか」
「その平和とは幻想だったのだ。その点をよく理解したほうがいい。今はヨアヒムがアルビルを抑えているが、いつ力の均衡が破れるかわからない。相手はヨアヒムと同等か、それ以上の超AIだ。進歩している。そうなったら我々のラロス文明圏など一瞬で消滅するだろう」
「しかし……。敵はヨアヒムが退去すれば攻撃しないと言っているのでしょう? だったらその道が残されているのではないでしょうか」
「おそらく議論になるだろうが、ヨアヒムなしで人類が存続できるわけがない。それは、ナチュラリストだって同じだ。一番重要な点は、人類は超AIを生み出した土壌であることだ。それを根絶やしにしないのは不自然だろう。敵はウソを言って人類とAIの分断を狙っているのかもしれない。どちらにせよ、今まで偽りの平和の中で貪っていた惰眠から、人類が目覚めるときがきたのだ」
ホログラムの中でそんな宣告をするナゲホ・ミザムの姿は、妙に清々しくもあり痛々しくもあった。これから訪れるレザム星の運命を暗示するような不吉な幻影のようにも見える。その前で二人のナチュラリストは、雷に打たれて全身が総毛立つような感覚を味わっていた。




