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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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 口を大きく開けて、バリーは固まった。犯罪者として手配されているナゲホ・ミザム先生は準光速船で系外へ逃亡したはずだ。しかし、こんなメッセージを送れるということは、少なくともラロス系周辺にいることになる。メッセージは固有番号と量子暗号の照合を経て認証されて初めて流通を許される。当局が対策をとっているなら、先生がメッセージを送ろうとしてもブロックされてしまうはずだ。ヨアヒムが見逃すはずがない。誰かにコンタクトを取りたかったら発信者を偽装する必要がある。

 ところが、こうして発信者名に堂々と名前があるということは、本人がネットワークの認証を受けているということだ。これはありえない現象だった。

「先生たちにはレベル5AIがついていたな。何かのトリックを使ったんだろう。あるいはコード認証機構を破ったのかもしれない」

 バリーはひとりごちた。が、感心ばかりもしていられない。どうして犯罪者となってしまった先生から自分にメッセージが届くのか。目的も理由もさっぱりわからない。とりあえず、AIにファイルに危険性がないかどうか調べさせた。結果はシロ。次に、思いつく知り合いすべてに同時にメッセージを送った。特にミザム先生と面識のありそうな人間には念入りに。

――君のところに特異なメッセージは来ていないか?――

 その結果、数人には来ているようだった。要するに、先生はメッセージを不特定多数にばらまいているのだ。自分だけが指名されたという可能性は薄れた。その点がバリーを安心させた。

 そして、ファイルが届いていないというセネット・クレリに知らせて、彼女を家に呼んだ。人格シミュレーションとはいえ、あの先生に一人で会うのは気が引けたからだ。

 だが、バリーは女友達が駆けつけてくるのを待たずにファイルを展開することにした。当局へ連絡したほうがいいに違いないが、自由に会話させてもらえないだろう。せっかく自分宛てに届いたファイルだから、少しは好奇心を満足させるチャンスを認めてほしい。

 ホログラムに浮かび上がるナゲホ・ミザムの姿に、バリーは少し違和感を覚えた。五十センチほどの光の造形をよく観察すると、右手と右足が義体になっているのだ。手や足の太さや大きさが不自然に食い違っていたり、そのぎこちない動きが違和感の源だった。

「君は誰だ?」

 ホログラムがバリーに問いかける。視覚情報を参照して、ホログラム製の顔がちゃんとこちらをを向いた。視線も合っている。

「僕はバリー・セナジといいます。あなたの教え子です」

「そうか。記録しているアドレスに片っ端からこのファイルを送った。迷惑だったかな?」

「いえ、そんなことはないですが、どうしてこんなことを? いまどこにいるのでしょうか」

「知らせたいことがあるのだ。君だけではなく、ラロス系の全人類に」

 そのとき、空気が漏れる音がして、次にAIの認証機能がセキュリティチェックを終えたときに発するチャイムが鳴った。部屋にセネットが入ってくると、人間とホログラムがドアの方向に視線を流した。

 おそらく数百メートルを走ってきたセネットは息を切らせていたが、ホログラムを見ると目を大きくしてかがみ込んだ。

「先生じゃないですか。お久しぶりです。セネット・クレリです。覚えているかどうかわかりませんが」

「申し訳ない、セネット、バリー。ファイルの容量の都合で過去の記憶がない。二人の教え子ということを信用することにする」

 十九歳の男女は、目の前の指名手配犯を珍しそうにジロジロと眺めた。すると、あらためて物理や数学を教えてくれていたころの先生の記憶が蘇ってきた。しかし、相手には記憶がないため昔話はできない。

「知らせたいこととは何です?」

「我々人類にとって、とても重要なことだ。心して聞いて欲しい。我々は五十万という人口に減りながらも、かろうじて生きながらえている。君たちはそれが今後も数百年は続くと思っているだろう? もしかすると何かのブレークスルーが起こって、人類が生殖能力を取り戻し、文明を再生していけるというわずかな希望を持っているだろう?」

「はい」とセネットがうなずいた。

「ところがだ、どうやらそうもいかないらしいのだ。我々はラロス系を出ることができないし、滅亡するのは案外すぐのことかもしれない」

 二人の学生はかつての先生が言うことの意味がわからなかった。

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