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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「お願い一緒に来て、あなただって人類の滅亡は望んでいないでしょう。一緒に来て! お願いよ!」

 まだ五体満足の状態だった被告人が必死に証言者に訴えている。だが、その効果がないと悟ると、「では、私はこうしてあなたにお願いする。私に免じて一緒に来て」と言い、目をつぶって自分を撃った。映像はそこで途切れた。

 その瞬間、裁判所がざわつく音が聞こえてきた。

「今の状況に間違いはありませんか。ライントさん」

「はい、間違いありません」

「裁判長、被告人の目的はこの映像から判断可能でしょう。すなわち、人類存続を願う一心で起こした犯罪だったのです。誘拐は明らかに犯罪です。それは否定しようがありません。ただ、数千年前に存在したような個人的な恨みや営利目的の誘拐とは訳が違うことは理解していただきたいと思います。そして、人類存続という願いは、この惑星に住んでいる全人類が共有していると私は信じています。ライントさん、その点について何か発言はありますか」

「最初、私は独立自然主義者たちに誘拐され、非常に腹を立てていました。しかし、徐々に自然主義者の考え方に共鳴するようになりました。もちろん、誘拐はいいことではありませんが、人類存続の目的のためには命を投げ出す覚悟を持っていることに、私は衝撃を受けました。もしかすると、私たちアポイサム市民に足りないのは、それではないかと考えるようになりました。さらに、命を投げ出して助けてくれた人もいました」

「裁判長! 証言者の発言について、異議ではありませんが、指摘しておきたいことがあります」

 原告側の司法局員が挙手して発言を求めた。裁判中は脳インプラントを使ったメッセージ伝達が禁止されている。発言者は挙手したり、声帯を使った音声で意志表示をしなければならない。テクノロジーの使用が許されるのは、証拠品の開示だけで、これはアポイサムにおける裁判の伝統だった。

「原告の発言を許可します。どうぞ」

 司法局員が原告側の席で立ち上がった。

「いまの証言者の発言は、人類の存続のためには、つまり、目的のためには、あるいは大義のためには何をしてもいいと言っていることになります。みなさんご承知のとおり、歴史上において、この考え方がどれだけの悲劇を生んできたか。いまさら説明するまでもないでしょう。裁判長や陪審員の方々は、被告人の目的や大義、感情にとらわれることなく、冷静に罪の大きさを判断してくれることを信じています」

 そんな発言があったにもかかわらず、弁護側は感情に訴える作戦を貫き通すつもりのようだった。セネット・クレリと文字で会話しながら、サクゲナ市での裁判ならともかく、アポイサムで感情に訴えても無駄じゃないのかとバリーは思った。

 そして無駄に感情に訴える作戦は、次の提案ではっきりした。

「裁判長。イアイン・ライントさんの発言を補足するために、もう一つの映像を参考証拠として提出したいと思います」

「認めます。どうぞ」

 中央のホログラムには、再び映像が浮かび上がった。シャトルの操縦席に座るイアイン・ライントを後ろから撮ったものだ。そこに男の音声が加わる。

「気にしないでください。あなたは自分の人生を取り戻してください。イアイン、お別れです。本当に」

「シャトルのAI、この付近の三隻の状況を示して」

 正面のパネルには、三つの輝点が現れ、それぞれに方向と速度を示したベクトルが描かれていた。

「やめて! 私が戻ればいいから!」と証言者が叫ぶと、正面のパネルには一瞬だけ男の笑顔が映り、すぐにノイズ画面に変わった。船体が揺れ始め、破片がシャトル船体に次々に当たる音が聞こえた。

「後ろの二隻の状態は?」

「シャトルの大きさを保つ物体は存在しません」

 それを聞いた証言者は正面のパネルに突っ伏し、しばらく肩を震わせていたが、やがて動かなくなった。

 映像はここで終わった。

「裁判長。この映像からもわかるとおり、自然主義者たちは被害者を丁重に扱い、危害を加えず、最後には命を投げ出して助けようとした者までいました。被害者が被告の無罪を主張するのも納得できます。証言者に他意はありません。被告から依頼されたのでもなく、政治的な理由もありません。このことをぜひ裁判長と陪審員の方々はご理解していただきたい」

 そうした裁判のやり取りが続いている間、被告人はうつむいたままじっとしていた。車イスに座って、上半身にはまだプラスティック製のぶ厚い医療器具がついている。

 このロロア・ライーズという女は、確かナゲホ・ミザム先生の教え子だ。ということは自分の後輩にあたる。存在を知ってはいたが話したことはなかった。そして、ロロアの失敗とその結果である現在の姿に痛々しさを感じた。

 壁一面のスクリーンに意外な人物からのメッセージが届いたのはそのときだった。右下のウインドウに小さく表示されている発信者の名前が、あまりにも予想外だったのでバリーはソファから飛び上がった。そして、スクリーンに近づき、目を大きく開いてその名前を確かめた。

――着信/プログラムファイル/人格シミュレーション/発信者/ナゲホ・ミザム――

「なんだこれは………」

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