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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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 再び議長と面会したのはその二日後だった。ずっと眠り続けていたのではないらしい。何らかの話があるらしく、議長がイアインたちを呼びつけたのだった。

 相変わらず議長の体にはチューブがからみついて、身動きができそうにもない。しかし、そんな中でも以前よりは元気そうな顔色をしていた。

 集中治療室にイアインたちが入ってくると、議長は上半身を起こした。目についたのは右腕だった。一見するとふつうに見えるが、ぎこちない動かし方からして義体に間違いなかった。

「君たちに話がある。レザム星へ帰ってほしい」

 突然そう告げられてイアインたちは驚いた。最悪の場合、またどこかの惑星を探してそこで子供を生むことになると想像していた。

「解放してくれるのね」

「そうだ」

「で、議長はこれからどうするの?」

 ベッドの上の中年男性は、正面を見つめたまま、自分に言い聞かせるような声で話し始めた。

「我々のように自然発生した生物の脳では理解できないことがこの宇宙にはあるようだ。いや、宇宙というよりもリアリティだ。この現実そのものの組成について、実は何もわかっていない。だが、超AIはわかっているのかもしれない。あんな機械を創ったのだから」

 さらに何かを言い続けようとする議長の言葉に「いったい何を言い出すんですか」と割って入ったのがラナンだった。すると、夢うつつのような表情が消えて、議長は二人の面会人に視線を戻した。

「いや、すまん。これから私がどうするかだったな。私もアセンションすることにした」

「なんですって?」

「君たちはアセンションの実態を知らないようだ。確かに意識は残る。実際に私は七人の声を聞いたのだ」

 面会人の二人には意味がわからなかった。アセンションした後の七人の声を聞いた。そんなことがありうるのだろうか。

「とても信じられません。もしかすると投与されている薬物の副作用ではないですか」

 ラナンがそういうと、議長はすべてを諦めた人がよく見せるさっぱりした笑顔になった。

「アセンションすると確率波形変換装置の内部に意識体、つまりその人を構成していた物質――光と化したものが収容されるようだ。装置をこの船のシステムと接続したら声が聞こえた。今ではザマラと一緒にいる。まるで昔と同じように七人と一緒に過ごしているようだ」

「本当ですか?」

 ラナンがあっけにとられたような顔をして天井を見上げる。

「本当だ。声を聞かせてやってくれ」

「私は独立自然主義者同盟の幹部だった、サルバ・ジッチです。七人を代表して話しています」

「ありえない! そんなことは不可能だ」

 ラナンが頭を両手で押さえて振っている。

「では、サルバ・ジッチ、あなたがザマラではないと証明することは可能ですか?」

「もちろん、この場であなたに証明することは不可能です」

「では信用できません。あなたの名前も初めて聞きましたし」

「私は信用して欲しいとは言っていません。申し訳ありませんが、あなたが信用するかしないかには興味がありません」

 同時に複数の笑い声が聞こえてきた。ラナンは改めて混乱している。

「イアイン・ライントとその従属AI。私とサルバとの付き合いは長い。彼と私しか知りえないエピソードがたくさんある。私も最初は信じられなかったのだが、彼が昔話を始めて仰天したのだ。信じるしかないと思う。そして、確かに君たちが信じようと信じまいとどうでもいい話だ」

「わかりました。そういうことにしましょう。で、議長はアセンションをしたあと、どうするのですか」

「この船と一緒に他の惑星を探したい。人類の生存と繁栄が可能な新天地だ。我々の活動目標の中でも新たな惑星の発見は、最優先課題だった。それをナチュラリストたちに示したいのだ。わずかな希望に過ぎないとしてもだ」

「それはアセンションしなくても可能なのでは?」

 イアインが問いかける。

「人の体は加速に耐えられない。人間が船内にいなければ本当の準光速に到達可能だ。

 それに、宇宙で意味をなす時間は人間にとって長すぎる。目的の惑星を探し当てるまでの時間に耐えられないかもしれない。老化して寿命が尽きればこのミッションも続行不可能だ。いずれアセンションしなければならなくなるだろう。宇宙で長期間暮らすのに人間の体は適していない。アセンションという手段は、人を宇宙の環境に最適化することだといっていい」

 イアインが突然クスクスと笑い出した。

「あなたがそんなことを言い出すなんて信じられない。今までの頑張りは何だったの。本当に変わってしまったのね。なんかおかしい」

「そうかもしれない。君がナチュラリストに理解を示し、私が君の母親の主張に理解を示す。これこそ平和への第一歩ではないのかな」

「目的を果たすには人間でいるよりもこの宇宙船の意識になるほうが合理的なのはわかるけど、帰ってくるころには人類はどうなっているんでしょうね」

 議長は答えずに二人の面会人から視線を逸らして天井を見上げた。

 以上がナゲホ・ミザム議長との最後の会話だった。イアインとラナンがシャトルに乗ると、ステルスモードが解除された。ゆっくりとガザリア号を離れ、三十キロメートルほどの空間ができても、ガザリア号の巨体は漆黒の空間で白く輝いていた。そして、大きな宇宙船は再びステルスモードを起動して消えた。イアインはガザリア号があったあたりに向けて手を振った。

 まだラロス系を出ていなかったため、シャトルの位置はすぐに感知された。周辺を捜索していたレイスタニス号が二十時間ほどで現れ、ガザリア号から解放されたシャトルを発着ポートに収容した。

 イアインたちがレザム星に到着すると、サクゲナ市ではデモ隊が多数出て大騒ぎになった。「百九十人の市民を助けたヒロイン」「我々に希望をもたらす女神」として祭り上げられているようだった。デモ隊は「イアイン・ライントをサクゲナ市に呼べ!」と要求して座り込んだが、警備ロボットを始め、治安を守る公務員たちもそれを排除しなかった。

 その一方で、ナゲホ・ミザム議長を載せたガザリア号については、あまり関心が寄せられなかった。中央政府が最低限の情報しか出さなかったからだ。確率波形変換装置の暴走によるアセンションがあった事実は伏せられた。ナゲホ・ミザム議長は、惑星探査という気の遠くなるような時間のかかるミッションに乗り出したというのが一般的な認識だったし、実際にそうだった。

 しかし、少なくとも数十年は帰還しないはずのガザリア号は意外に早くレザム星に戻ってきた。それと同時にラロス文明はかつて経験したことのないほどの大混乱に陥ったのである。

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