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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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 映像は、実験室のように厳重な装甲に囲まれた狭い部屋の中央に、高さ二メートルほどの確率波形変換装置が映っていた。装置には複雑な模様のようなものが見え、そこにいくつかのケーブルがつながっていた。隣の部屋も時々視野に入る。ガラス越しの隣の部屋では、独立自然主義者同盟の幹部八人全員が、その装置を観察していた。

 すると、突然装置の周囲に強烈な光の渦が見え始めて急拡大した。慌てて隣の部屋の人間たちが逃げようとするが、間に合わない。光の渦がモニターまで到達すると映像は途切れた。映像からは、巨大な円盤状の空間ができるプロセスはほとんど窺い知れない。

 その後、ラナンとザマラの会話が続いた。

「これが巨大な円形空間ができた理由ですね?」

「そうです。光の渦に触れたものはすべて消滅しました。人間や金属類もすべて」

「助かったのは議長だけですか?」

「そのようです。たった今、ロボットたちに周辺を捜索させましたが、生命反応はありません。船内にはナゲホ・ミザム議長とイアイン・ライント以外の生命体はいません」

「やはり、確率波形変換装置を動かそうとしていたんですね」

「何回もトライしているうちに映像のイベントが発生しました。しかし今は装置は落ち着いているようです」

「ということは、装置の量子暗号は解いていないのでしょうか」

「解いています。正規の暗号を入力したので装置は正常化しました。現在はステルスモードで航行中です。あなたたち政府の攻撃を避けるためです」

「では、元に戻してくれませんか」

「それはできません。あなたは何か特殊なAIのようです。私のクラッキングを回避しました。しかし、今は私のほうが有利なはずです。何か行動を起こした瞬間に量子暗号を破棄します。すると、あなたたちは元にもどれません」

「くやしいですけど、その通りですね」

「理解してくれてありがとうございます。では大人しくしていてください。現在、議長の治療を行っています。報告によれば義体化による救命が可能なようです。四十八時間で意識を回復させる予定です。あなたたちのこれからについては、明後日にでも議長と話し合ってください」

「悠長ね」

 イアインがそう言うと、「そうでしょうか、人間と違ってAIは時間に意味を感じません」という答えが返ってきた。

 二日後に、病院区画の集中治療室に横たわる議長と面会することができた。議長の体には夥しいチューブやコードがからみついていて、一体の人型医療ロボットがついていた。

 ベッドの傍らにイアインたちが立つと、議長は目を開いた。

「君たちか」と漏らしてしばらく黙り込んだ。

「あの装置を無理矢理動かそうとするからこんな目に遭うんです。大人しく投降していれば犠牲者も出なかったでしょうに」

 ラナンが文句を言うと、議長は少し笑った。

「その通りだな。しかし、彼ら彼女ら七人が犠牲になったという認識は、ひょっとすると違うかもしれない」

「というと?」

 意外そうな顔をしてイアインが訊く。

「あれは、アセンションだ」

「アセンション?」

 自分の母親が何回も演説で使っていた言葉を議長が口にするのが意外だった。そもそも、人類が進化したとするのがアポイサムの人間で、退化したと考えるのがサクゲナの人たちだ。進化した人類が、次のステージに上昇するためにアセンションが存在するというのがアーイア・ライントの主張だった。その思想に反対しているのが自然主義者たちだ。

「すべてが光と化して消滅した。一説ではアセンションすると意識だけは永遠に残るという。それが事実かどうか知らないが、もしそうだとすれば、彼らは永遠に生き残ることになる。本意ではないかもしれないが」

「私の母親みたいなことを言うのね」

「君は母親の主張するアセンションに反対するのか?」

 議長の目が意外そうに大きく見開かれた。

「正直いってわからない。この世界で衰弱していく人たちの救済になるというけれど、今の私はあなたたち自然主義者のほうが人間として、というよりも生物として正しいように思える」

「ほう?」

 議長は目を閉じた。そのままずっと動かなくなった。

 天井からの声に促され、イアインたちは集中治療室から出た。その後は食事をしたり客室で寝たりして、イアインは自分の境遇を忘れてのんびり過ごすしかなかった。いくら行動を起こそうと考えても、二次元の存在であることから脱出する術はなかったからだ。

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