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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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シートの背から顔を出して、ルビア艦長が指示した。

「イアイン・ライント。今度は君が交渉をする番だ。罪のない人間たちをこちらに移乗するように説得してほしい」

「わかりました」

 目の前のディスプレイにナゲホ・ミザム議長の赤ら顔が映る。

「これは面白い。イアイン・ライントがそちらに乗っているのか。被害者の復讐感情を考えたのかもしれないが、我々に影響を与えるとは思えないな」

 独り言のように聞こえたが、イアインはそれに答えた。

「ロロア・ライーズは生き返りましたか?」

 会話は一分間隔で行われるため、ひどくもどかしい。

「ああ、君を説得するために自分を撃ったロロアだな。心配いらない、彼女は人工心臓をつけて生きている。完全に回復するまでにはもう少し時間がかかる。いまはカートに乗って動きまわっている」

「そうですか。それはよかった」

「なぜいいのだ? 彼女は君を誘拐した犯人だぞ」

「私たちは同じ人間でしょ。死んだと聞くよりは生きていると聞いたほうがよっぽど気持ちがいい。そんなこともわからないの?」

「それはその通りだ」

 凍り対いていた議長の表情がなごんだ。

「それに、私はアポイサムの人たちよりもナチュラリストのほうが一生懸命に生きていることがわかった。自分の命を投げ出して私を助けてくれた人もいた。とてもあなたたちが悪者には思えない」

「ほう」

「だから、逃げるのは止めて」

「なんだ、結局そうなるのだな。悪者じゃないんだったらこのまま見逃してほしい」

「それはできません」

「なぜだ?」

「ロロアをレザム星に戻してください。子供たちもです」

「みんな戻りたくないと答えているのだが」

「あなたが怖い顔で訊いたらそう答えるでしょ! 本心を吐露したとはとても思えない」

「ははははは。そうかもしれないな。ではこうしよう。君の身柄と引き換えにしたい。私を含む幹部八人以外のナチュラリスト全員をそちらに移乗させよう。それでどうかな。君に身代わりになる勇気があるかな? 一瞬だけゾーラ市長と交換することも考えたが、君と市長では今後の安全性が大きく違ってくる」

「わかりました」

 イアインが躊躇するヒマもなくきっぱりと即答したことに、隣のラナンを始め、ルビアも超AIもゾーラ市長も驚いた。そしてナゲホ・ミザム議長の映像がプツンと途切れた。

「いきなり切らないでよ!」とイアインが抗議する。

「やめてください。それだけは!」

 ラナンがほとんど叫んでいた。

「そうだ、君が行くことはありえないだろう」

 ゾーラ市長が驚いた顔で意見を述べる中、ルビア艦長と超AIは顔を見合わせていた。

 数分後、艦橋にいる全員がテーブルについていた。

「私が行けば、百九十人くらいが助かるんでしょ? だったらそうしたらいい」

「しかし、系外に連れて行かれたら、帰りの船はないです。シャトルを盗んでもレザム星には帰れません。考え直してください」

 小型AIが懇願調で訴える。

「あっちで説得する。みなさんが言うには、私は人類で一番貴重な存在なのでしょう。だったら大丈夫。何もされないし、ナチュラリストだって言うことを聞いてくれるはずよ」

「それはどうでしょうか。議長たちはあなたを強制的に妊娠させて何人も子供を生ませようとしたのでしょう。人権無視も甚だしい。信用できるとは思えません」

 ゾーラ市長の発言に、ラナンがうんうんとうなずいている。

 そんな議論を黙って聞いていたのがヨアヒムとルビア艦長だった。特に超AIは、イアインがガザリア号に移った後のシナリオを何十通りも考えていた。ルビアはそのことを察して、答えが出るのを待っていたのだ。

 やがて、ルビアは脳AIにメッセージが入ってくるのを感じた。予想通りヨアヒムからだった。それは、イアインをガザリア号に行かせて、百九十人を救い出し、それと同時にザマラをも破壊する作戦だった。百九十人を救出したら、その後はザマラを破壊できればそれでいい。議長たち幹部の逮捕は作戦に入っていない。はっきり言って、生死を含めてどうでもいいことになっている。

 準光速船のAI本体は、ふつう、船首から百メートルのCIC――戦闘情報集約室にある。レベル5AIのザマラもそこが居場所だと考えられる。細長い船首部分は三百メートルだ。そこを戦闘ロボットたちのレーザーで切り離し、破壊してしまえばいい。絶対条件となるのはイアインの安全確保だ。レーザー照射をするときに、イアインは船体後部にいなければならない。密かに送り込むラナンの活躍が必須だし、大型船でのみ可能となる作戦だった。

 超AIのシナリオの最後には、成功率は九十五%と表示されていた。成功率が百%にならないのは、イアインが時々予期できない振る舞いをするためだったが、ルビアはこの作戦に賭けてみようという気になった。


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