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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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 右舷に急加速したとき、イアインはベッドに横になってうとうとしていた。体がずれて白い壁にぶち当たり、肩や側頭部をしたたかに打った。準光速船の船内の壁は、こうした事態を予想して緩衝材で作られている。これが幸いしてたいしたショックはなかった。しかし、すっかり動顛して目が覚めてしまったイアインは、レイスタニス号の光学観測モニタを呼びだした。画面のやや左前方に時々光がまたたいたと思ったら、次は広範囲に一斉に光点が現れた。

 同じ画面を見ていたラナンが「これはミサイルの撃ち合いでしょう。とうとう戦闘が始まってしまったようです」

「では、交渉は決裂っていうことなのね」

「残念ながらそのようです。市長なら話が通じると思っていましたが」

「ロロアは生き返ったのかしら」

「どうでしょうか」

 急に立ち上がって歩き始めたイアインを見てラナンは慌てた。また変な考えを抱いたのではないかという懸念で心がざわつきながらもご主人さまを追いかけた。

 艦橋に入ると、ルビア艦長と超AIとマクモ・ゾーラ市長がグレーのテーブルに集まって会議をしていた。三人の中央には3-Dの情報が浮かんでいる。近づいてくる女性と小型AIに気がつき、三人が目をやるが、突然ディスプレイ全体が赤く変わって警報音を発し始めた。三人が急いで自分のシートに戻る。その様子をイアインは見つめているだけだったが、ヨアヒムが指をさして傍らのシートを示した。そこに座れという指示らしい。

 現在この船は戦闘中だという雰囲気――緊張感に圧倒されながら、彼女は目を丸くしてシートに落ち着いた。何が起こるのかとやたらキョロキョロしている小型AIも、隣のシートに収まった。ヨアヒムが状況を説明し始めた。

「新たな動きです。ガザリア号は何らかの物体を多数、後方へ放出しています。兵器ではありません。金属製の物体です。船内設備の一部でしょうか。詳細は不明ですが、その物体に対してレーザー攻撃を加えています。その結果、デブリが広範囲に散乱して当船の進路を妨害しています」

「相対速度は同じなのだから、当船にはたいした脅威にならないのでは?」

 ルビアがそう聞くと、超AIは正反対の答えを出した。

「大出力レーザーによってデブリは後方へ加速されながら広範囲に広がります。現在の当船の速度では、回避できません。デブリと接触するまでにあと三十秒です」

 そういいながら超AIは急減速を行った。艦橋にいる全員がシートを後ろへ引っ張られたが、その前に背もたれが体を包み込むように変形した。減速は三秒で終わった。それと同時に、表示されている航行情報や目標との相対距離・相対速度などの情報がすべてブランクになった。巨大スクリーンに表示されていた準光速船の青い噴射炎も消え、黒い画面に変わっていた。

「全艦ステルスモードに移行しました」

「よくやった、ヨアヒム」

 ステルスモードとは、三次元の成分のうち、余剰次元の一つと一次元を入れ替えることで三次元的な接触――物質的相互作用を避ける方法だった。暗黒の球体を船の周囲に作って相手の観測をかわすことが可能だが、こちらも相手を観測することができない。つまり盲目状態に陥る。

 やがて、多数のデブリが船内を通過していく不思議な光景が展開した。壁からランダムに出現するデブリは、厚みのない透明な膜のようだった。三次元の複雑な構造が二次元に圧縮されたホログラムのように見える。

 イアインは、艦橋の壁から急に金属の破片のような一メートルほどの小さい物体――ホログラムが現れて自分の体に突き刺さるのを見た。しかし、痛みもなく通過していった。一瞬の出来事だったが思わず悲鳴が出た。

 その後、大きかったり小さかったり、ねじ曲がっていたりするデブリがまるで幽霊集団のように次々と艦橋を通り過ぎて行った。だが被害はまったくなかった。

「よし、もう大丈夫だろう。ステルスモードを解除。ガザリア号の観測を開始してくれ」

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