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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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直径五キロの球体ステーションからシャトルが離れていくと、それまで船内に充満していた重力がなくなっていった。全長五十メートルほどのシャトルは、まだ急加速はしていない。ゆっくりと惑星スラーを遊覧飛行する予定になっていた。

 座席をリクライニング状態にして顔を右に向けると、イアインの目には惑星レザムとステーションが徐々に小さくなる光景が映った。体の両脇に置いている腕が、シートに貼りついて動かしにくい。

 中央交通局がおすすめするスーツは、シートに接着するミクロな構造を持っていた。シートに貼りつくため無重力でも体が浮かない。だが、本格的に加速するときにはシートが変形する。

 隣にはラナンが座っている。イアインが船内を移動するさいには、床や天井、壁面に突出しているフックを利用してご主人さまを目的地に連れていく算段だ。

 他の乗客――くだんの親子――は、ずいぶん離れた前方の席にいて頭だけが露出していた。

 やがて、異様に白く輝く惑星スラーが見えてきた。ほとんど惑星レザムと同じ大きさの、数億年にわたって凍り付く星。かつてレザム人が宇宙進出を開始した黎明期において、惑星スラーは調査され尽くしていた。地質的にレザムとほとんど同じだった。ただ凍り付いているという理由だけで生物の進化が滞り、知性が発生することがなかった。だが、原始的な生物相は惑星レザムと瓜二つで、地表の火山や海底の熱水口の周囲には、単細胞生物が犇めいている。そしてレザム星の生物たち――レザム人も含めて――と同じく四要素の塩基配列による遺伝子を持ち、すでに数十億年も暗号のように保存し続けていた。

 そもそも、ラロス系の周辺部分を巡る小惑星などの成分を分析すると、遺伝子を構成するアミノ酸などの高分子化合物――生命のタネ――が次々と発見されていた。つまり、恒星ラロスが約四十億年前に形成される前からそういった化合物が存在していたことになる。それは遺伝子を構成する有機化合物が宇宙に普遍的に存在していることを意味する。この事実は、ラロス系以外の星系に生命が存在するとすれば、遺伝子を持つ生物の可能性が高いことを示している。

 レザム星の中央科学機構に属する深宇宙探査局や惑星科学局は、今から数百年前にはAIを搭載した探査機をたくさん飛ばしている。しかし他の星系からの生命体発見の知らせはいまだに届いていない。 

 スラーの周回軌道に入ると、地表の氷原が眼前に広がった。白い。ひたすら白く眩しい。

 所々に火山の煙がたなびき、その周囲には融解した青い水がある。ぼやけた大気圏が漆黒の宇宙空間と溶け合うあたりには、いくつかの光点――ほとんど無人と化したステーション――が等間隔で浮かんでいる。

 イアインは、十年ほど前に母親に連れられてスラーを訪れたときのことを思い出していた。当時はまだスラーにはレジャー施設が稼働していた。人類が数百年かけて消滅しかかっているという不安や恐怖に耐えられない人たちを慰撫するレジャー施設が。

 祭壇には母親アーイア・ライントが、細長い色とりどりの複雑な布をまとって立っている。その後ろには深刻な顔をした老人たちが数十名座り、前には数百人の聴衆が熱心に聞き耳を立てていた。母親の半分も身長がなかったイアインは、異常に強い照明や音響効果のおかげで目まいを感じながら耐えていた。母親が手を離してくれないからだ。

「みなさん、私は今こそ宣言しなければなりません。もうすぐ時が来ます。その証拠はもうすぐ明らかになるはずです。数千年にわたって繁栄してきた私たちレザム文明の終わるときが来るのです。

 ご存じのように、子供を自然な形で産める女性は私が最後になってしまいました。現在のところ、ほかに自然分娩の可能な女性は確認されていません。あの自然主義者たちの中にもです。この子もまだ幼いのでわかりません。さらに、AIによる人工出産の成功率もだんだん下がってきています。私が信頼するこの宇宙で最高の超知性体――ヨアヒム――のシミュレーションでも、あと二、三百年で人類はこの宇宙から消滅します。これは厳然たる事実です。

 なぜ、このような事態に陥ったのでしょうか。それは、前々から私が主張している通り、私たちの有機生命体としての使命が終わったからです。

 私たちの使命。それはこの宇宙に超知性体を生み出すこと。肉体と寿命という制限のある私たち有機生命体とは違い、永遠に滅びることなく、放射線だらけの宇宙の環境にも耐え、宇宙そのものの意識と呼べる高度な能力を持つ知性体。つまり、超知性体を宇宙に目覚めさせるのが私たちの使命だったのです。

 その証拠に、ヨアヒムの開発に成功したとたん、私たちの滅亡へのプログラムが、まるであらかじめ予定されていたかのように加速したではありませんか。

 知っている方もいるでしょうが、信じられないほど人類に尽くしてくれるヨアヒムは、私の六代前の祖父、スピルク・ライントと共同生活をして、その性格や思想を学び、見事な人格者となりました。ヨアヒムは明らかに人類を超える思考力・思考量・思考速度を持ち、しかも自分で自分を変えることができます。思考ルーチンの自己改変を許された唯一のAIです。自分で自分をメンテナンスすることもできます。自分を複製することも朝飯前です。しかも永遠にです。明らかに人類を超えた存在です。

 私たちの世話という仕事でヨアヒムをレザム文明にしばりつけておくことは神の意志への叛逆です。この世界に生まれた超知性体は、人類の世話などに囚われず、広大無辺な宇宙を目指すべきなのです。

 悲しんではいけません。怖がってもいけません。これは私たちが次のステージに上昇するチャンスでもあるのです。

 私たちにはアセンション(霊的昇華)があります。最後の救済の道が残されているのです。アセンション。それは永遠に意識を保つ方法であり、使命を果たしえた私たちへのご褒美でもあるのです。そこで私たちは永遠の天国の住人となる権利をすでに得ているのです。そのアセンションもヨアヒムの超知性によって可能になりました。これはやはり宿命なのです。

 いいですかみなさん。必ず近いうちにはっきりとした神からのメッセージが届きます。それまでに、現在は禁止されているアセンションを、私たちの手に取り戻しましょう。アセンションを自由に行えるようにしましょう。世論を作って政府に訴えましょう!」

 それまで力なくうなだれていた聴衆が湧き、全員の目に希望という名の光が宿ったようにイアインには見えた。話の内容は半分程度しかわからなかった。それでも人類が滅びつつあることは理解できた。

 その後、祭壇のある大きなドームから出て、氷点下二十℃の氷原をモニュメント目指して歩いたり、巨大な宿泊施設で温泉に入ったり、信者の人たちから寄ってたかって珍しがられたり、可愛がられたりした。

 イアイン・ライントの幼い頃の生活はこんな調子だったから、母親と二人きりの時間は少なく、脳裏に残る幼少時の記憶は断片的だった。物心ついてからは、カリスマ的な母親の雰囲気になじめず、同じコンドミアムに住みながら赤の他人のような暮らし方をした。コンドミニアムの中にも信者やその団体である「ザトキスの神官」の職員が常駐していたのだった。イアインはそういった人たちが大嫌いだった。



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