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白く凍結した惑星スラーと、直径三千五百キロの衛星ヌームの形成するラグランジュ点には、巨大な宇宙港がある。そこを今回の作戦――スウープ作戦――に参加する艦船の集合地に選んだのは、ライル――新しい名前はルビア・ファフ――にも正解に思われた。なぜなら、この宇宙港はレザム星に近いにもかかわらず、ほとんど人間がいなかったからだ。
見慣れた準光速船に、雰囲気が変わるほどのゴテゴテした武装が施されていたら誰でも「おや?」と思うはずだし、それ以上に、誰も見たことがない形の船――明らかに戦艦――が二十隻ほど集結していたら、平和なレザム星のニュースに取り上げられないわけがない。だいたい、ラロス系には重武装の戦艦は存在しないことになっている。
これらの戦艦が目撃されたら、その形は不思議に思われるだろう。なぜなら、人間が乗る船は重力制御をする都合で、よく観察すれば上下の構造がわかるものだ。しかし、宇宙港に集まった宇宙船は、直径二百~三百メートルの円盤型だったり球形だったりして、上下左右前後の概念がない。強いていえば、船の一部に推進装置の噴射口がいくつかあるくらいで、これが宇宙船の形の対称性を破っていた。
とはいっても、どの船にもロボットアームやら磁気弾体射出装置やレーザーのロッドがハリネズミのように全方向へ突き出ていて、美観的には問題があるだろう。レザム星の数少ない宇宙船マニアには不評なはずだ。しかし重力制御の必要がないAI専用の戦闘艦としては合理的な形なのだった。スウープ作戦に参加する宇宙船の中で、唯一人間が搭乗する準光速戦艦――レイスタニス号――だけが流線型の優雅な美しさを保っていた。
レイスタニス号は、一般乗客用の準光速船よりも小さく、全長千六百メートルだった。それでも巨大な船だったから、十九体の球体や円盤はコバンザメのようにまとわりつく恰好になる。これらの戦闘ロボットたちにはすべて確率波形変換装置が搭載されていたから、人が乗っている準光速船よりも高速移動ができたし、レーダーなどで探知されないステルス機能も発揮できた。攻撃するさいにはこちらも姿を現さなければならない欠点があるものの、ステルス機能は今回の作戦でも効果的に使うことができるだろう。
それにしても、とルビアは思う。ラロス系の周辺に、このような戦闘ロボット艦が数万隻も配置されているとは……。もっともそれらには確率波形変換装置はついていない。現場の指揮艦に一つ積んであって、その船がロボット艦の連隊だか大隊を束ねているらしい。
ルビア・ファフ艦長兼作戦部長は、自艦の周囲に展開する戦闘ロボット艦の様子を観測窓から満足げに眺めていた。そして、保護シートを取っても良い時間が訪れたことに気づき、嬉々として薄い粘膜を頬から剥がした。誰かに会うことが億劫になってしまう気持ち悪い仮面を、くしゃくしゃに丸めてポケットに突っ込んだ。空気が直接皮膚に当たるサッパリとした心地よさの中で、新しい形に変わった自分の鼻や目や口を動かして調子を確かめる。悪くないようだった。
ラロス系の高度医療技術にかかれば整形手術の成功は当たり前だったが、以前と比べるとハンサムになり過ぎるような出来栄えだったので、どうにも落ち着かない。やがて慣れるはずだが、たびたび鏡を眺めながら、アゴを撫でたり顔を右や左に向けたりするクセが、すでについてしまっていた。
それにしても、と、ルビアは再び思う。初陣となる今回のスウープ作戦は人間相手だから気楽に感じられるが、異星文明のAI相手の戦いはどんなものになるだろう。いや、宇宙での戦争とはどんなものか、ある程度はわかったつもりだった。あの戦術指令室でラロス系外での戦闘記録を見たからだ。相手の姿はほとんど光学的には観測不可能で、遠距離レーダーやソナーのデータから想定される位置を割り出し、その空域に向けてレベルの低いAIを乗せた反物質ミサイルや核融合弾を発射する。問題は時間のズレだ。相手の情報はどうあがいても光速でしか伝わってこない。そして質量を持ったミサイルも到達するまでに時間がかかる。その間、目標は移動する。そんな事情をすべて計算して攻撃が行われる。遠距離から相手を検出して潰し合うこのゲームは、効果が判明するまでに数十分から数時間もかかる。実にゆっくりとした戦争だ。いかに宇宙空間が広大かよくわかる。近距離での戦艦同士のレーザーや弾体の撃ち合いといった壮絶なシーンはまず見られない。
そして、相手からの攻撃もほとんど見えない。撃沈された駆逐艦から受信した記録では、静かな宇宙空間の映像が突然光に溢れて途切れる。これはレーザーによる攻撃を受けたもので、自艦が爆発する前に何の前兆もないことが多い。
ルビアはこれが怖いと思った。敵は強力なレーザーを主要な武器にしているが、その光を観測して警報が鳴ったとしても、すでに敵の攻撃が成功していることを意味する。ゆっくりと進行する戦闘の中で、死は突然、何の前触れもなく訪れるのだ。
だが、戦闘に不向きな生身の人間である自分が、ラロス系外にのこのこと準光速船で出て行く必要はない。行ったとしても最前線ではないし、最善なのはアポイサムの戦術指令室で指揮をとることだ。戦争はすでにAIたちの専門分野になっている。
さてと……。ルビアは数時間前に突然首相から連絡を受けた。政治的な理由から人間を四人、それに加えてヨアヒムと小型のAIをスウープ作戦に参加させるという。




