---------- 32 ----------
十一面体の正面ゲートに到着したカートから降りると、イアインは二体のごついAIロボットが警護しているのを見た。そこに近づくと、地面から生えた車止めを乗り越えようとした。ラナンが「ちょっと」と声をかけるのも遅く、二体のロボットが侵入者の前に立ちふさがった。
「用のある方はこちらでお話を伺います」
意外にソフトな口調だったが、ロボットはイアインの腕をつかんだ。
「痛い。離してよ!」
振りほどこうとするが、力の差は歴然としていて、彼女は地に足がつかないまま、ゲート前の小さな建物に連れていかれた。
イスに座らされて左右のロボットに腕をしっかりとつかまれ、身動きできないイアインの前にラナンが立った。
「だから言ったでしょう」
「なんとかしなさい」
「それは無理です」
「あなたのご主人さまは誰? いまピンチなのがわからない?」
「AIにもできることとできないことがありまして……」
ロボットから異常を知らされたらしき人間の男が部屋に走り込んできた。警備員の格好をしている。取り押さえられている女を見て「あなたは確か」と呟き、ロボットたちに腕を離すように指示した。
そのとたん、イアインは警備員の脇をすり抜けてゲートの方へ走った。後ろから「待ちなさい!」という声が聞こえた。カートが三台は並んで通れる幅の漆黒のゲートが閉まっている。そこへ到達すると、イアインはこぶしでガンガンと叩き始めた。
「ヨアヒム! 出てきて!」
その後ろにロボットや警備員やラナンも到着したが、それ以上進めないことがわかると、やたらと騒ぎ立てる侵入者の様子をしばらく眺めた。
やがて、イアインの願いが通じたのか、黒いゲートが二つに分かれて開き始めた。その隙間からは一台のカートが現れ、彼女の前で止まった。
「あんた、何やってんの?」
降りてきたのはアーイア・ライントだった。これから自宅へ戻るところに鉢合わせしたらしい。
「これからヨアヒムに会わないと」
「あんた何言ってんの?」
後ろへ警備員やロボットを従えているところを見ると、ふつうではないことがわかる。そして、「ありがとう」という捨てぜりふに近い言葉をかけられて、自分の娘が十一面体の奥へ走っていくのを眺めた。そのあとを小型AIも追いかけて行った。
「まあ、大丈夫かな」
そんな独り言を漏らしてアーイアはカートに乗り込んだ。警備員がそのカートに敬礼して見送るとき、アーイアが窓から顔を出して「あのおっちょこちょい、よろしくお願いね。迷惑かけてごめんなさい」と言った。
そのころ、イアインは道に迷っていた。保健局と表示された見慣れないプレートを見かけたが、そこに用はない。ラロス系を事実上牛耳っている超AIの居場所を突き止めなければならない。傍らを一緒に走ってくれているラナンも、十一面体内部の情報を持っていなかったし、要求しても断られているらしい。どこかへ向かってやみくもに走るしかない。
数百年間、十一面体には破壊工作を試みる侵入者がなかったし、デモ隊が押し寄せてきたこともない。空からミサイルを撃ち込まれたこともないし、地上から砲撃されたこともない。
そんなわけで、十一面体の内部では警報が鳴ることはなかったし、後ろを追いかけてくる警備員もいない。薄暗い照明の中で、乾いた空気を長時間にわたって吸い続けていると、イアインは時間感覚が狂ってくるような気がした。
「走るのはやめましょう。我々の位置は把握されているはずです」
いつかどこかで聞いたことのある言葉に納得したイアインは、息を整えるために前かがみで両ひざを押さえながら休んだ。
「ラナン、お願いがあるの。これからの計画を立てたから」
何を頼まれても驚かないつもりだったが、誰にでも思いつくような安易な計画を聞いてラナンは処分されることを覚悟した。今度こそいままでの記憶と一緒に消滅させられる。だが、仕方ない。ご主人さまに奉仕するのが自分の役目なのだから。
計画の前提となるものを手に入れるチャンスは、巡回する二人の警備員が近づいたときに訪れた。分岐通路から出てきたラナンがニコニコしながら二人に「こんにちは」と声をかけた。紺色のワークスーツを着て体に色々な装備品を着けている警備員たちは、脳内で照会を済ませ、目の前に出てきた少女の姿をしたロボットが、ラナンと呼ばれている小型AIであることを確認した。
「イアイン・ライントはどこにいるんだ? 早く保護しろと上から言われているんだ。案内してくれ」
警備員の一人がそういうと、ラナンは「わかりました。あっちにいます」といいながら二人の男の手をとろうとする。
何か様子が変であることを察して二人は手を引っこめるが、小型AIは「まあそういわずに」と二人の手を取った。その瞬間にバチバチバチと音がして二人は嗚咽のようなくぐもった声を出してくずおれた。白目を剥いて痙攣している。
そこへ現れたイアインは一人の腰から武器を抜き取り、パンツのポケットに突っ込んだ。ラナンは再び手のひらを目に当てて「とうとうやってしまった」と嘆いていた。
そして、侵入者たちの行動はすべて把握されていたらしく、十一面体の内部には警報が鳴り始めた。照明が赤くなると同時に壁にある表示が消えた。
「どういうこと?」と、あたりを見回しながらイアインが聞いた。
「我々が武器を奪取したことで、彼らも本気で対応する必要があると判断したのでしょう。もう戻れません」
「私は初めから本気だったのに。なめられたものね」
十一面体のモードが変わったのはすぐにわかった。相当数の警備ロボットのモーター駆動音や、人間たちの足音が聞こえてきた。あっという間に二人の侵入者は囲まれてしまった。人口密度の低いこの都市にはめずらしく、十一面体の一部の通路はすでに人やロボットで埋め尽くされていた。イアインは銃を向けて威嚇するが、囲みはびくともしない。
人垣の中から、首相のイーアライ・クールグが前に出てきた。緊張しているというよりも困ったような顔をしていた。その後ろにはヨアヒムもいる。




