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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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 やがて、ルミノアの隣のホログラム――交通局担当のケオマ・ロカイが、まぁまぁ、と喧嘩の仲裁をするような態度で発言した。

「この評議会の議題は、人類の衰退の原因を特定することではない。私の考えでは、ヤイサイダ、ルミノア両評議員のどちらも正しい。いまはV・Rのありかたについての議論に戻るべきだと考える」

 それを受けて、首相が「その通りだ、ケオマ。では君の意見を聞きたい」と続きを促す。

「この手のV・Rが流行っているのは、昔のように異性と接触するすべを持たない我々でも、脳の奥にはまだ動物的な記憶が存在することを示唆しているのですな。V・Rはその暗渠を掘り下げて刺激するから恐ろしい。現実の肉体では得られない快感を脳の一部を電気的に刺激して得るというのもおかしい話だ。私にはそもそも非合法的な行為に思える。そろそろV・Rシステムそのもののあり方について議論したほうがいいのではないかと。V・Rの禁止という方向もありうるのではないか」

 すかさずヤイサイダ・マイが反論した。

「そんなことしたら、もう我々の社会はもたないだろう。人口の半分以上がV・Rに浸って生きているというのに。生きている理由を取り上げたら、今度は薬物や安楽死を求め始めるだろう」

「いま見せられたV・Rは合法なのだな?」

 首相のイーアライの問いかけには司法局担当のルミノアが答えた。

「そうです。合法です。今回の映像は、裁判所の許可を得て個人のV・Rユニットに送り込んだエージェントの記録です。途中でV・Rが停止したのは、脳のβ-アミロイド蓄積量および脳活動計測値に異常が現れたからです」

「この男はどうなった?」

 生身の体で会議に参加している、経済局担当のサイラ・ミースが口を挟む。

「死んだ」と、ルミノアが深刻な顔をして続ける。

「問題は、V・Rシステムを起動したときに、この男の脳は正常と判断されたことです。つまり、V・R開始時にはβ-アミロイドなどの数値は正常だったのです。ご存じのようにβ-アミロイドが基準値以上だったらV・Rは作動しません。

 ところが、V・R中断時には基準値を大幅に上回っていた。つまり、一~二時間という短時間で致死量まで増加してしまった。β-アミロイドがこんな短時間で急速に増加することはありえません。そこで、司法局の権限で調べました。すると、この男はV・Rの検査にひっかからないように脳のデータを正常化する薬を服用していることがわかりました」

「なるほど」といって首相が腕を組んだ。

「そしてその薬はまだ法的には違法ではないと?」

 サイラ・ミースがヨアヒムの方を向く。

「そうです。その物質はすでに分析していますが、化学構造的には非常に単純で、自宅にある学習キットに付属する、初歩的な分子アセンブラでも合成可能です」

 ヨアヒムはテーブル中央に子供向けの科学キット一式のイメージを表示させた。

「いまみなさんに見せた死亡者のサンプルはごく一部です。V・R中に薬を服用することはできません。したがって、薬の有効時間は短いようです。こうしてV・Rシステムが異常を感知して中断するケースがすでに百件以上発生しています。そこで、今回の化学物質の構造式を禁制にするのはもちろん、V・Rシステムの監視強化を提案します」

「おそらくこの中には反対する者はいないだろう。そのようにしたいと思う」

 首相の発言に全員が賛意を示した。

「では、法制化と監視強化法の開発に取りかかります」

 ヨアヒムの一言でこの問題は終わった。

 次は、ライル・ニアーム評議員の一件だった。彼が狂気のもとに三人を殺害し、準光速船を破壊したことはすでに知れ渡っていた。首相がその後のライルについて報告する。

「ライル評議員は私とヨアヒムの事情聴取中に自殺した」

 議場がどよめいた。予想以上に大きい反応だったので、首相はしばらく間を置いた。

「彼の口から真実を聞きたかったのだが……。もしかすると彼は現実認知障害に陥っていたのかもしれない。V・Rによる意識障害の一つだ。自分が犯人ではないストーリーをかたくなに信じていた。そこで、準光速船内の映像を見せたらショックを受け、口の中に含んでいたアンプルを噛み砕いた。その薬は脱出ポッドに装備されているもので、漂流中にどうしても死が避けられないときに使う。それを体のどこかに隠していたのだろう」

 その場が無言に陥った。各々が前を向いて次の言葉を待っていた。彼の事件は誰にも意外だったし、ライルは七人いる評議員の中では一番優秀だった。それに、首相の信頼も厚く、次は彼だろうというのが評議員連中の共通認識だった。しかしライルを妬む者はいなかった。それほど首相という地位に魅力はなかったし、みんな適当に中央政府の仕事をしているだけだった。

「この件は捜査を終了する。司法局長、異論はないな? ライル・ニアームのファイルも私が作成する」

「異論はありません。彼は惜しいことをしました。V・Rで脳がおかしくなっていたのでしょう。にわかには信じられない話ですが」

 ライル以外の評議員の中で、彼の狂気にあふれた行動記録を見たのはルミノアだけだったし、首相やヨアヒムが自殺したといえばそうなのだろう。

「評議員一名の欠員については各自推薦したい人物がいれば一ヶ月以内に報告して欲しい。その後に選挙を行う。次の議題として例の誘拐事件に取りかかりたい。ルミノア君、事件の概略を説明してくれたまえ」

 司法局長が説明するあいだ、テーブル中央には数々の人物の姿が浮かんだ。そこには被害者のイアイン・ライントを始め、レベル4AIのラナンや誘拐犯の主犯であるロロアとオケノ親子、独立自然主義者同盟議長のナゲホ・ミザム、その他もろもろの人物が次々に表示されていった。

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