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その数時間後、十一面体の中心部分にある薄暗い評議会議場には、イーアライ首相やヨアヒムを含めた八人が集まっていた。うっすらと金色に光る天井には、中央から放射状に輝線が走っている。議場の北側には、一部を除いて誰も信仰する者のいなくなってしまった、ザトキス神の姿を紋章化したレリーフがかかっていた。
ライル・ニアームは欠席していたため、評議員は六名しかいない。早急に討議すべき問題がいくつか溜まり、慌ただしく招集された会議だった。
首相のように年齢の高い評議員は介護カートに収まっているが、忙しいメンバー二人はホログラムで参加していた。体が透けて見える二人はこの場にいるのと同じ感覚を味わっているはずだ。首相と同じようにカートに収まっている。
円形テーブルの中央は窪んでいて、そこから立ち上がる光が議題となる3-Dデータを浮遊させていた。会議が始まると保健局と司法局を預かるルミノア・ターナの報告が続いた。
3-Dデータのイメージには現在のレザム星ではあり得ない風景が映し出されている。それは誰かの視線から見た映像だ。
場面は緩やかな山裾。赤い甲冑をつけ、手には刀を持つ数千人の兵士が走っている。正面の小高い山からは黒い甲冑の兵士が斜面を覆いつくすように流れてくる。これから赤と黒の兵士が中間地点の谷間で激突するらしい。
主人公が走るたびに映像が上下に揺れる。時々左右を見渡すと、鬼の形相をした仲間たちがわれ先に突撃するのが見える。
そのうち、黒い兵士の顔があきらかになるまで接近すると、右手の大刀が相手の刀を弾き返し、その体を突きさしたり切り裂いたりして血が噴き出す。主人公は地を這いつくばって逃げようとする敵の兵士を容赦なく突いてとどめを刺していく。足に刀を突き刺して歩けないようにしたあげくに、鋼鉄製の黒い兜をはぎとるやいなや首を切る。周囲では同じような光景が果てしなく続いている。
凄惨で原始的な殺し合いの場には切られた腕や首が転がり、走る者の足を血溜りが滑らせる。主人公は相手からの不意の攻撃にも、なぜだか瞬間的に対応できるようだ。鋭利な刃先が降りかかってくる刹那で盾を使い、すぐに太刀で相手に致命傷を与える。非常に優れた戦士のようだ。これでは敵にもいるはずの猛者でさえ、彼に一太刀浴びせるのは不可能だろう。
やがて戦況は赤い軍団にとって有利であることが明らかになる。その証拠に味方の戦勝ラッパが鳴り響く。息を切らせながらの主人公の戦いぶりも次第にゆっくりになり、あたりには動く敵の姿がなくなっていく。
「うぉー」という勝ち鬨の声。太刀を空に向ける数千人の赤い軍団の男たち。
その後、場面は勝利の凱旋に変わり、色とりどりの旗がはためく市街地に隊列を組んで入っていく。沿道の一般市民から沸く凄まじいエール。黄色い歓声を伴って多数の若い娘が花束を持って近寄ってくる。主人公にも花束が贈られた。
場面はその夜に移行し、戦勝の宴が開かれる。主人公は近づいてくる若い娘に抱きつかれて二人でどこかへ消えようと立ち上がった瞬間、映像がプツリと途切れた。
「やれやれ」と脱力した声を出したのは首相だった。
「古き良き時代に戻って肉体的な満足感を得たいのはわかりますが、これではあまりにもお粗末です。それに、このままV・Rが続いていたら、若い娘と性交する流れなのでしょう? 肉体的にできないことを脳でやろうとするとβ-アミロイドの沈着を促して脳細胞の老化を早めてしまうというのに。そもそも人類の衰退は、ロボットやV・Rへ性的に依存してしまったことから始まったというのに」
そういうのは文化局長を兼任するヤイサイダ・マイだった。しかめっ面をしてアゴを引っかいている。
「いや、人類が生物学的に衰退したのは、老化を防止するためのDNA修復酵素やナノマシンを、一時期、我々政府が推奨していたからだ。それ以前は、ゲノムが老化や放射線などによる突然変異で不安定だった。そのゆらぎは我々の数億年もの進化を可能にした。ゆらぎは我々の種としての進化と深くかかわっていた。ところが、我々の世代になり、ゲノムのゆらぎがなくなり硬直してしまった。それが人類の衰退をもたらしたのだ。気がついたときはもう遅かった」
保健局長らしいルミノア・ターナの場違いな熱弁が終わると、評議会はしばらく静まった。




