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「あなたたち、彼を苛めるのはもうおよしなさい」
いつの間にか研究室に入ってきていたのは薄青いワンピース姿のアーイア・ライントだった。堂々と中央のガラスの檻に近づいてくる。アーイアは保健局で行われている研究の協力者だ。もちろん、自然妊娠・出産の回復を目指す研究で、実際にそれをやってのけた女性として十一面体の中ではほぼフリーパスでどこの施設にも入れた。
「いい加減にしたら? 本当のことを教えてあげなさい。彼なら大丈夫。秘密は守れるはずよ」
首相とヨアヒムは発言の主に向き直った。
「アーイア、それは難しいと思う。これ以上……」
首相もなぜかアーイアの発言を完全に否定できないようだった。
「ヨアヒム、あなたも小賢しいまねはよしなさい。まさかAI憲法を忘れたのですか」
「いいえ、忘れていません。決して。ただ、私は全ラロス系の秩序の維持と人類の保護・安全を目的として」
「これが? 今やっていることがそうなの? 彼は今保護されているとでも? 私には迫害されているようにしか見えないのだけれど。それとも彼は人類ではないとでもいうの? AI憲法第一条をいいなさい」
超AIが答えないでいると、アーイア・ライントは右手の人さし指を人工生体素材で造られた鼻先に突きつけながら「人工知性体はすべての生命を愛し育むべし」と、抑揚のある美しい声を研究室内に響かせた。
さすがに演説すれば聴衆を沸かせるだけの迫力がある。プリエステスと呼ばれる女性は、いつのまにか指をガラスの向こうのライルに向けていた。
女帝はガラスのすぐ近くまで寄り、「大変だったわね、ライル・ニアーム。直接話をしたのはこれが初めてかしらね」といって微笑んだ。
ライルは苦悩に歪んだ顔をおそるおそる上げた。彼に比べると、ガラスを隔てた空間にいる女は光り輝いていた。
「そうかもしれません。度々あなたのことはお見かけしていましたが」
「こんなことはもう止めましょう。あなたは正しいのよ。あなたは三人を殺害していないし、準光速船だって破壊していない。系外の光やリュクレリウムの観測も事実。そうよね。イーアライ首相」
するどい視線とそんな言葉を突きつけられた長老は無言だった。次に女はヨアヒムに顔を向けた。
「本当のことを話してあげて。それがあなたの使命のはずよ。でなかったら私がライル・ニアームに話します」
しばらくの時間があった。さすがに超AIと呼ばれる知性体でも考えるのに時間がかかったようだ。いくつものシミュレーションを立ててその結果を確認している。
「わかりました。話しましょう。首相、いいですね」
「しかたあるまい。この後の最善の処置を組み立ててくれ」
首相は深いため息をついた。それと同時にどことなく救われたような表情を浮かべた。
うなずいたヨアヒムはガラスの向こうでキツネにつままれたような顔をしているライルに近づいた。
「あなたで三人目です」
ヨアヒムはそう言った。その隣でアーイア・ライントが微笑んでいた。ライルには、突然現れてこの場をひっくり返したこの女性が本物の女神に見えた。




