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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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 からだ全体を無数の針で突かれているような不快感。自らの意思では動かせない、ずっしりと重い手足の感覚。前後不覚で急に虚無から召喚され、恐怖を振り払おうと無性に叫びたくなるような感情。自律神経の不調和から生じる頭痛、吐き気、悪寒、動悸。

 ライル・ニアームは過去に一度、こんな状態を経験したことがある。それはコールドスリープから蘇生したときだった。やっと自分が置かれている境遇に思い当る。エヌテン星からの帰還中に正体不明の敵から攻撃され、命からがら個人用ポッドで脱出した。死を覚悟したライルはコールドスリープを作動させるボタンを押したのだ。

 こうして意識を取り戻したということは、漂流中に何ものかに救助されたことを意味する。コールドスリープの解除法に則した扱いを受けているということは、少なくともあのとき攻撃してきた敵ではない。味方のラロス系文明によって救われたのだ。

 幸運な男は薄目を開けた。そのとたん、強烈な光が差し込んで眼球の奥が焼けるような痛みを感じた。まだ目を開けられる状態ではないらしい。焦るな。蘇生には五~六時間必要だ。このまま横たわりながらゆっくりと空気を吸い、体調が戻ってゆくのを待てばいい。

 静まり返った室内にコツコツと足音がした。薄目を開けると、自分の体の上には色々なセンサーを一まとめにした装置が覆いかぶさっていた。そこから照射される光はあまり強くないはずだが、今はすこぶる眩しい。

「ライル、久しぶりだな」

 そう声をかけられた。聞いたことのある声だったが、誰だか思い出せない。脳もまだ完全に目覚めていない。ライルは声を出してみた。

「君は誰だ」

 しかし、それは音声になっていなかった。声帯が不規則に振動しただけの動物の溜息のように相手には聞こえただろう。

「まだ声を出さなくていい。私はルミノア・ターナだ。よく思い出せないかもしれないが、君の同僚だよ。評議委員。そして保健局と司法局を担当している。どうだ、思い出してきたか?」

 ルミノア・ターナ……。確かに同僚だった。評議会では隣の席に座っていたはずだ。

「そうか。君か。だんだんわかってきた」

「ではこうした状況に陥った理由は自覚しているのか?」

「もちろんだ」

「うむ。スリープしていた時間が短いから肉体的な侵襲は少なくて済んでいるようだ。よかった。いま注射をした。また来る。このまま眠っていたまえ」

 注射をしていたのか、とライルは思った。まったく感じなかったからだ。しばらくすると睡魔に襲われて再び意識不明になった。

 次に目が覚めたときは、室内を見渡すことができた。手足も動かせる。視細胞に血液が行き渡って室内の光量にも慣れていた。しかも体全体に満ちていた悪寒も和らいでいた。

 上半身を起き上がらせようとしてみた。しかし腹筋に力が入らないので諦めた。

 またルミノア・ターナが入ってきた。おそらく覚醒したらAIが知らせるのだろう。

「調子はどうだ」

「なかなかいい。さっきよりはマシだ。ここはどこだ。多少の加速を感じるから準光速船の中か?」

「正解だ。正常な判断力も戻ったようだな」

「今はどこだ」

「もうレザム宙域に入った。あと数時間でアポイサムへ戻る予定だ」

「助かった。感謝する」

「私に言われても困る。すべてはヨアヒムのおかげだ。君が遭難した宙域のデータを示し、起こったことすべてを教えてくれた」

「どうして司法局長の君がわざわざ来ているのだ?」

「重要事件への対処のためだ」

 重要事件。そう、アケドラ号が何者かに攻撃された事件。事態を重く見た中央政府は評議員と司法局長を兼任するルミノアを派遣してきたのだった。

「中央では今回の事件をどのように把握しているんだ。犯人は誰なんだ」

 ライルは率直な疑問をぶつけてみた。まだ結論を出すには時期尚早なのだろうか。データ不足で犯人を特定できていない可能性が高い。モノポール。リプリケータ。こんな危険物が観測されたおかげで、今の中央評議会はヨアヒムを含めて大混乱中だろう。

「犯人?」

 ルミノアはそう言って黙った。

「犯人は誰なんだ。目星がついているのか?」

「何を言っているのだ。犯人は君だろう」

「なんだって?」

「あの事件を起こした犯人は君じゃないか。私はすでにすべての記録に目を通している」

 ライルはさっぱり訳がわからなくなった。

「私が犯人? 君こそ何を言っているんだ? 私はアケドラ号乗船中に未知の敵から攻撃された。それは小衛星アドナリム周辺から発するモノポールを観測した後に起こった。アドナリムに近づいて調べようとした。そのとたん、ドローンが爆発して、ガス惑星スナルの輪に紛れていたレプリケータにアケドラ号が食われたんだ」

 目を剥いたルミノアがしばらく黙り込んだあとに発した言葉は、ライルをどん底におとしいれた。

「やはり狂っているようだな。君は三人の乗客を殺害してアケドラ号の自爆装置を起動。そして個人用ポッドで脱出したのだ。自己正当化の妄想がひどい。悪化する前にまた眠ってもらうしかないな」

 今度は腕に圧迫を感じた。プシュという音と共に冷たい感覚が体に広がった。次の瞬間には虚無に呑み込まれていた。

 三回目の目覚めはひどいものになった。体は動かせるがベッドについた拘束具で手足が固定され、胴体にも分厚いバンドが巻かれていた。

 動けない。ライルはその理由を推測した。前回のルミノアとの会話の中で、意外にも自分は犯人だと指摘された。まったく身に覚えのない話だったが、ルミノアは事件の記録を見ていると言った。ということは証拠があるということだ。

 全身が凍り付いた。吐き気も襲ってきた。自分はアケドラ号爆破と三人の殺害の犯人にされているらしい。

 目覚めると同時に入ってくるルミノアは、今度は一人ではなかった。武装したクルーが三人ついている。

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