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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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 直径三キロある円環の中心に向かい、中央シャフトを行き来するリフトに乗り換える。現在は誰も住んでいないはずの一番下のE環と呼ばれる輪へ移ると、色々な物資が山のように積まれていた。予想通りに無駄に照明が明るく、床もまったく汚れていない。

 E環にはかつて物資運搬に使われた旧式の小型シャトルがたくさん眠っている。その一つを失敬する算段のようだ。

「シャトルに乗ったら、これを挿入してください。航法プログラムです」

 差し出されたのは旧式の物理メモリが入ったスティックだった。それを受け取るとき、イアインは既視感に襲われた。破壊されてしまったラナンもこうして航法プログラムを渡してくれた。

「このステーションは岩石が取り巻いています。そこに開いた航路を通るためのものです。これを入手するのに苦労しました」

 搭乗口のゲート通過許可も偽造してあるので、スティックを持っていれば自動的に開くはずだという。許可が偽造だと判明するまでに時間がかかるから、あわてる必要もないそうだ。

「それから、殻の外に出たらレザム方向への急加速が始まります。そのときに必ずシートに座っていてください。航法ディスプレイには緊急ボタンがありますから、それを押すことも忘れずに」

「なんとかやってみる」

 一人で宇宙船に乗るのは初めてで不安だらけだった。こんなときラナンがいてくれたら。確かあの子は破壊される前にいつも一緒にいます、と言っていた。それはどういう意味なのだろうとイアインは思い返した。

 目的の発着ポートにはすんなりと到着した。しかし、シャトルの発着はゲートの開閉を含めてAIに管理されている。宇宙へ出るゲートは管理が厳重で、ここだけは許可データの偽造ができなかったという。

 ラミイは同じ三つのスティックを目の前にかざしながら「これでなんとかします」と言った。三つのスティックを三機のシャトルに挿入すると、ポート格納庫内から急発進して次々とゲートにぶち当たる。多少危険だが、ゲートを破壊するのはこの方法しかない。

「始まったらステーション中が大騒ぎになります。もう、戻れません」

「そんなことしたらやっぱりあなたが大変なことになる」

 心配に満ちた言葉に「大丈夫ですよ」とラミイが答えたとき、物資の山の陰から男三人が出てきた。手には棒状の武器が握られている。

「おや、ラミイじゃないか、こんなところで何をしているんだ?しかもお姫さまも一緒に」

 逃亡中の女とそれをほう助する男は固まった。これまでかとイアインは思った。

「君たちには関係がないことです」とラミイは答える。

「いや、関係大ありだよ。二日前から旧式シャトルの航法に関する妙な検索があって、しかもプログラムがコピーされて、これは変だと我々システム担当が誰の仕業か調べていたところだ。やっぱりお前か。逃がすわけにはいかないじゃないか」

 三人いれば負けるわけがないと自信満々の男たちは、棒を掌に当ててニヤニヤしている。

「そこから足がつきましたか。だったら説明する必要はないようですね。この件は忘れてください」

「そんなことができるか」と言いつつ、三人が棒を振りながらゆっくりと近づいてきた。すると、驚くような敏捷さでラミイが先頭の男に飛びかかり、腹にパンチを見舞った。そこへ二人の男が組み付き、四人はくんずほぐれつの状態になる。時々スタンガンの電流でスーツが爆ぜる音がするが、誰が電撃を受けているのかわからない。

 そんな様子を彼女は指を咥えて見ているしかなかった。

 しばらくすると、電撃の応酬に疲れて四人は息を切らせながら床で蠢き始めた。信じられないことにその中からラミイがよろよろと立ち上がった。

 イアインの方向へ歩き始めたとき、もう一人の男が立ち上がって、壁にある通信ボックスに手を伸ばした。

「あれ!」と彼女が指をさすとラミイは振り返り、ふらふらと走って男にスタンガンを当てた。バチバチという音と共に、誰かに連絡しようとしていた男はくずおれた。

「早く、こっちへ」とラミイがイアインの手を引く。ポートの入口から覗くと、二十ヶ所ほどの搭乗口があった。その先にはエアロックがあるはずだ。あたりには誰もいない。

 二人は走った。イアインは一番近い搭乗口へ急ぐ。ラミイは三機のシャトルへスティックを挿入したあとポートから離れるつもりだった。

 エアロックの扉は自然に開いた。そこを通過すると小型シャトルのハッチも開いた。船内へ駆け込んで六席あるシートを抜ける。イアインが操縦席に座ると照明が明るくなり、航法パネルがグリーンに変わった。パネルの横には緊急時に押す赤いボタンもある。

 スティックを挿入する端子を見つけ、焦りながら入れると、航法パネルが反応して然るべき航路や飛行速度などの詳細が次々に表示されていった。

「イアイン、聞こえますか?」

 そんな声が突然聞こえて肩がビクッっと跳ね上がった。

「聞こえる。どこにいるの?」

「ポートの管理室です。すぐに開始します、いいですか?」

「いいわ。やって」

 小型核融合炉が動き始めて推進剤が噴き出す轟音が、船外から聞こえてきた。音はヒューンという高音に変わり、すぐに爆撃でも受けたかのような凄まじい爆音と振動が連続して起こった。

「ゲートの破壊に成功しました。イアイン、航法パネルのAIという場所をタッチしてください」

 言われたとおりにすると、船内に声が流れて「緊急発進が可能になりました。すぐに発進しますか?」と問われた。

「お願い、やって」と答えたとたん、シートが変形してイアインの体をしっかりと包んだ。それと同時に、乱暴な上方向への急加速が生じ、すぐにシートの背に体が押し付けられる横への加速に変わった。

「イアイン、お別れです。あなたと一緒にいた時間は私にはかけがえのないものになりました。いつかまたお会いしましょう」

 強いGのさなかにラミイの声が聞こえた。彼にはまた会いたいと思う。しかし、どう答えたらいいのか。

「ええ、また会いましょう」

 あたりさわりのない答えかたをしたあと、本当に自分がこのステーションを脱出したいのかわからなくなってしまった。後ろ髪を引かれるような思いと同時に、急加速で体も後ろへ引っ張られている。パネル操作をするのも難儀だった。

 窓からは後方にある巨大ステーションが見えない。前方はひたすら暗い。岩石の殻が宇宙空間を隠しているためだ。やがて、うっすらと大きな穴が見えてきた。そこを通過すると、さらに大加速が始まるはずだ。

 突然警報が鳴った。再びイアインの肩が跳ね上がった。

「何が起こったの?」

「後方からのシャトル一隻が当船と衝突コースにあります」

「これと同じシャトル?」

「違います。警備艇です。たった今、停船命令を受信しました」

「止まらないで」

「しかし、止まらない場合は当船の安全は確保されません」

「いいの。止まらないで」

「お勧めできません。その場合、搭乗者の安全は保障できません。警備艇にはアンカーやレーザー、ミサイルも装備されています」

「こっちには積んでいないの?」

「当船は運搬船です。武装はしていません。レーザーは搭載されていますが、武器として使用できません」

 ここまで来てやっぱり逃げられないのだろうかと彼女は焦った。せっかくラミイが自分の立場を危うくしてまで助けてくれたのに。

「さらにもう一隻のシャトルが接近中です。警備艇の後方五キロ」

 そのとき、ラミイの声が聞こえてきた。

「イアイン、聞こえますか。止まらないでください。そのまま脱出してください。警備艇は私がなんとかします」

「聞こえるわ。警備艇をどうするっていうの」

 中央の航法パネルが切り替わってラミイの姿が現れた。相互に顔が見えているらしく、ほっとした表情に変わった。相変わらず彼は微笑みを見せている。だが、身動きできないほどの加速に縛られて窮屈そうだった。ということは、彼はシャトルに乗っていることになる。

「気にしないでください。あなたは自分の人生を取り戻してください。イアイン、お別れです、本当に」

 まさかと思った。

「シャトルのAI、この付近の三隻の状態を示して」

 すると、一番先頭を飛ぶシャトルの後ろ十キロに警備艇がいて、その後方一キロにシャトルがいた。同じ物資運搬用のシャトルと表示されていたが、その速度が異常だった。刻々と動く三つの輝点には速度に応じた太さと長さを持つベクトルがついている。一番後ろの輝点のベクトルは、すでに警備艇を貫いていた。

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