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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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 その後、二日間はふつうに過ぎて行った。イアインの扱いに関する上層部のいざこざはうまく隠され、人口密度の低いステーション内は平穏だった。夜になると集会に適した広いフロアに人々が集まり、楽器に合わせて踊ったりするイベントも開かれていた。こんな活気のある光景はアポイサムでは見られない。通りかかったイアインは楽しそうな人たちの様子をしばらく眺めた。

 その夜、収穫物で作った食事をラミイと一緒に食べた。そのときから彼には若干緊張しているような感じがあり、会話していても目の焦点が合っていなかった。もちろん、上層部の対立といった話題は一切ない。

 そして寝る時間になりベッドに入ると、横たわるイアインの傍らに彼が立った。薄明りの中でギョロ目が一層光っている。無言でイアインの右腕を持ち上げ、ブレスレットの表示部分に指を当て始めた。指のタッチに反応して小さな音が連続すると、輪がカチリと二つに割れたので彼女は目を見張った。おそらく声を出してはいけない状況なのだ。

 それをベッドの上に置き、二人は隣の部屋へ移動し、小声で会話する。

「大丈夫なの?」

「たぶん、数時間は。ブレスレット解除の感知が遅れるように細工してきました。例の会議では、あなたに子供を生ませることに決定したようです」

「どうするの?」

「ここを出ましょう。色々算段は立ててあります」

「あなたも一緒?」

「それは無理です。あなたの脱出を成功させるために、ここに残る必要があります」

「それだと、あなたは……」

「心配してくれているのですか。ありがとう。前に言ったように、まさか殺されるとは思えません。大丈夫です」

「でも……どうしてこんなことを」

「それも前にいいました。あなたの嫌がることはしたくないだけです。それに、勘違いかもしれませんが、私はあなたが好きになったようです」

 ラミイはそういって少しうつむき、考え込むような顔をした。彼女は何と言ったらいいのかわからなかった。相手を好きか嫌いかという感情は今でもある。しかしそれは昔とは違うものだ。特に男女の間においては。イアインは「ありがとう」と言うしかなかった。この言葉にラミイは微笑んでくれそうなものなのに、何か思いつめたような顔をしている。

「今日でお別れです。でも、あなたと別れたくありません。それが正直な私の気持ちです。どうしても特別な女性に見えてしまいます」

 またもや何を言ったらいいのかわからない。彼女はしばらく黙ってしまった。確かにラミイと一緒にいると居心地がいい。色々と気遣ってくれるし自分もこの男が嫌いではないと思う。しかし、ここにいるわけにはいかない。

「私もこんな状況じゃなかったらと思う。でもやっぱりレザム星に帰りたい……」

「わかっています。ただ、最後にお願いがあります」

 戸棚を開いたラミイは、外宇宙用のスーツを二着出した。

「これに着替えましょう」

 スーツを受け取って脇に置くと、イアインは薄青いワンピースを脱ごうとした。しかしラミイに見つめられているのに気づいて動きを止めた。

「お願いがあります。大変に失礼で非常識なお願いです。しかし私にとっては非常に重要なことなのです」

 ただならないラミイの態度にイアインは戸惑った。

「そのお願いとは?」

「あなたの裸を見せてください」

「え?」と言ってイアインは固まった。

「なぜ?」

「私はあなたに好意を持っています。率直にいって、それが昔の男が抱いた感情と同じなのか違うのか確かめたいのです」

 今の世界でも確実に非常識なお願いだったが、昔はお互いが気に入ればふつうのことだった。それくらいのことは彼女も知っている。その程度のことなら……。色々と尽くしてくれたラミイの希望をかなえようと羞恥心を振り払った。

「わかった…」

 ゆっくりと後ろに手を回してジッパーを下した。そして肩先から薄青い布を脱いでいった。下着類は着けてなかったので、まだ退化しきれていない女性らしさの残った体が露わになった。

 いつの間にか裸になったラミイが近づいてくる。その顔はいたって真剣だった。足先から顔まで視線を這わせた男は、女の肩に手を置いた。

「あなたはとても綺麗です。すばらしい。見とれてしまいました」

「そう……。でも恥ずかしい」

「そのペンダントは何ですか」

 胸にかかっているものが気になったらしい。イアインがペンダントを手に取ると、いつものようにほんのり温かい。

「これは家出する直前に母にもらったの」

「かけていたことに気がつきませんでした」

「当然でしょ。私はあなたにこんなふうに裸を見せたことはないんだから」

 そういうと彼女はさらに恥ずかしくなった。うつむいたとたん、ラミイに抱かれた。嫌だとは思わなかった。その手がやさしく背中を撫でているのが感じられる。背中から首すじ、後頭部へと手が滑っていく。密着した肌と肌がわずかにこすれるたびに感情を伴った感覚が湧き起る。

 しばらく二人の男女はハグを続け、十分にお互いの体の温もりと存在感を吸収した。

「さて、着ましょうか」とラミイに促され、彼女は我にかえった。重いスーツに足を入れるとき、ふと聞いてみたくなった。

「わかった?」

「わかったような気がします。私はやはり昔の意味での男性ではないようです。あなたのような女性の肌に触れたら、もしかすると変化があるかもしれないと思いました。というのもあなたは他の女性とは違うからです。検査で違いが検出できなかったとしても私にはわかります」

 イアインにもその意味がわかった。おそらく試さなくても結果はわかっていたはずだ。だが、男に初めて抱かれているとき、イアインは経験したことのない感情を抱いていた。それは明らかに自分を女性と認めざるを得ない戦慄に近い感覚だった。あれは愛だったのだろうか。情欲だったのだろうか。今の人間がそんな微妙な差異に気づけるかどうかも疑わしい。その一方でラミイは期待していたものを得られなかったようだ。

「それってやっぱり、悲しいことなのよね」

「そう思います。生身の人間同士の関係を放棄して、アンドロイドとつき合った先祖たちの責任かもしれません。でも私はいつかこんな現実を打開したいと思っています」

「私はどうしたらいいんだろう」

「というと?」

 意外な言葉を聞いたラミイの動作が止まる。

「誘拐なんかじゃなくて、別の形であなたたちと出会えていればよかったのに」

「すみませんでした。あなたはあなたの場所に帰るべきです。さあ、現実を打開しましょう」

 一ヶ月過ごしたスイートルームを出ると、二人はふつうに歩いた。キョロキョロするような怪しい雰囲気をできるだけ振り払った。人口密度が低いために人に出会う心配も少ないし、もし出会ってもふつうに挨拶すればいい。

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