---------- 14 ----------
この場の主賓は、それまでと同じようにイスクとマリルに促されて檀上へ上がった。檀上のシートと向き合うように一つのテーブルが置かれ、そこにも空席があった。どうやらそこへ座ることになるらしい。
まるで裁判だ。逃げ出したい。そう思った。それまで無言のエスコートをしていたイスクがイアインの手首にぴったりサイズの腕輪を取り出した。すると、厳めしい顔の男がうなずき、腕輪がイアインの右腕にはめられた。ガチッと音を立ててロックされ、外そうとしても無理っぽい。それを怪訝そうに左手でいじっている彼女に声がかかった。
「イアイン・ライント。ようこそと言わせてほしい。私はナゲホ・ミザム。独立自然主義者同盟の議長をしている」
独立自然主義者同盟? 聞いたことがない。だが、そんなことはどうでもよかった。頭部に毛がないくせにあご髭だけはたくさんある小太りの老人の太い声――こんなにひび割れた声は今まで聞いたことがなかった――に、イアインは少し恐怖を感じたが、問題はこれから何をされるのかだ。移動中にあまり話ができなかったためか、誘拐被害者の口からは言葉が噴出した。
「あなたがこの場の責任者? だったら早く教えて。何をすればいいの? どうしたら満足して私を帰らせてくれるわけ? こんな腕輪をつけて、まるで犯人扱いよね。犯罪者はそっちのくせに。いい加減にしてくれない?」
その場の全視線を集めている十七歳の女の子のきつい視線に気がついて、議長はあご鬚をポリポリとかいた。
「その点については謝罪したい。その腕輪は居場所を特定するものだ。このステーションは広い。二万人ほどの収容力を持っているが、我々は二百人ほどしかいない。それにAIロボットも最小限しか存在しない。もし逃げ出されたら探すのに苦労するのだ。このステーションには数百年も誰も足を踏み入れたことのない危険な場所もある。君の安全のためでもある。申し訳ないが、しばらく我慢してほしい」
「で、何をするの? どんなことをやったって無駄だとは思うけど」
「とりあえず、君を調べたい。医学的に生物学的に徹底的に。色々な検査や分析を受けてほしい」
「そういう検査は散々やったのだけれど。その結果、他の人と何も変わるところがないと判明しているし。これは私の母親に関しても同じだった。遺伝子にも特徴がない。検査を受けるのをいやだと言ったら?」
「君は協力します、と言ってくれたじゃないか。それに、君の受けた検査結果に何かあっても、正直に公表されるとは思えない。重要な情報が隠ぺいされている可能性もないとはいえない」
「そうかしらね」
協力する気になったのは、ロロアの行動が大きい。あのときは確かにロロアの願いが心の奥まで届いた。
「ロロアは? その父親はどうなったの?」
「二人には冷凍処置をしてある。治療法および蘇生法については検討中だ。ロロアは人工心臓を装着して生き返るかもしれない。その確率は二十%程度だと予測されている。父親は確実に助かる見込みだ。ここよりも準光速船の方が進んだ医療システムを積んでいる。彼らはあちらで治療を受ける予定だ」
二十%の確率という部分に心が動いた。誘拐犯だった彼女にはいまのところ会いたいと思わないが、自分のために人が死んだという事実は一生忘れられないだろう。そんな心の傷は、ロロアが助かれば軽く済むはずだった。
「で、いつ解放してもらえるの?」
ナゲホは左右の長老らしき男女を見た。その様子からするとはっきりとした予定はないようだ。
「できるだけご期待に沿うように努力する。今言えることはそれだけだ」
「どうせもうすぐ司法局の人たちがやってくる。私がここにいることくらいもうすでにアポイサムでは知れ渡っているから。あなたたちのご期待に沿えればいいのだけれど」
「私たちのレベル5AIをバカにしちゃいけない。情報、交通、エネルギー、物資のディストリビューションとかに関してはラロス系とつながっているが、そのすべてにおける偽装は完全だ」
「でもガザリア号の失踪はどう処理するわけ? 今ごろ捜索しているはず」
「それはそうだ。だが、ガザリア号はステルス航行を行っている。この場所は特定されていない」
「そうかしらね。私が連れていたAIをコントロールできなかったでしょ。とっくに連絡はついているはず」
その言葉を聞いて、中央演壇に並んで座る幹部たちがざわついた。後ろの客席からも数多の声が合わさったうねりが届く。
「セキュリティポリスのAIたちが踏み込んできたらどうするの?」
場内のざわめきが大きくなった。
「君は心配しないでいい。もちろん、その場合に対応する計画は持っている」
「どんな?」
「それは言えない。まあそんなことはどうでもいい。君に紹介したい人間がいる。ここの住人でもちろんナチュラリストだ。ラミイ、こっちへ」
演壇の上手から青い簡易スーツを着た男が歩いてきた。アポイサムの男とは違い、体格がしっかりしている。頭はスキンヘッド。目鼻立ちがはっきりしているというか、ギョロ目といえるほど目が大きく見えた。イアインのそばで止まると、「ラミイ・ルノです」と挨拶した。
「その男は君がここにいる間、一緒に行動する。知っているかどうかわからないが、私たちナチュラリストは、かつてそうだったように男女のペアを作って暮らしている。レザム星のナチュラリストたちよりも、その点で徹底している。君もそれに倣ってもらう」
「男女のペアって……。倣うって。もしかして大昔の結婚制度とか恋人関係とかそういうつもりなの?」
「大ざっぱに言ってしまえばそういうことだ」
イアインはさすがにおかしくなってクスクスと笑い出した。
「そういうところはさすがに君もアポイサムの人間だな」
「ロロアが無意味なことをあえてやっている、みんな本当はムダだとわかっていてニヒリズムに陥っていると言っていたけれど、本当だったのね」
嫌味を言ったつもりだったが、議長の顔がゆるみ、笑顔になったのは意外だった。この人たちは恋人候補をあてがってきたのだ。有難迷惑に過ぎなかったが。
子供のころ、ある童話を読んだか聞かされたことがある。未開の星へ漂着した高度文明人が、そこに住むもぐらのような姿の異星人から神扱いされ、いらない木の実や石ころをしつこく献上される話。ナチュラリストは同じ人間だが、アポイサムの人たちとちがうところは、どことなく可愛く、けなげなところかもしれない。
「我々は小さいところからまじめにコツコツと積み上げていくことが好きな集団なんでね。笑いたければ笑ってくれてかまわない」
議論する気がすっかり失せたイアインは、「もう疲れたからとりあえず休ませて」と立ち上がった。
「いいだろう」とナゲホ・ミザムがラミイに目配せした。すると、傍らに待機していた青年が「こっちです。ついてきてください」と先導し始めた。それについていけば、とりあえずこの衆目からは逃れられる。イアインはざわつく客席を横目に歩き始めた。