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目的地に到着するまでに二十時間ほど必要だった。その間、イアインは一人にして欲しかったが、常に二人の女がついていた。シートの両隣で監視する女は、イスクとマリルという名前らしかった。お互いにそう呼んでいたのを彼女は覚えていた。二人ともロロアよりは年上のようだったが、年齢はほとんどわからない。しかし、ナチュラリストは抗老化プログラムを受けない人が多いと聞く。見た目だと三十歳くらいに思える。
ちなみに、右隣に座っているイスクにロロアがその後どうなったかを聞いても答えてくれなかった。その父親だというオケノについても。イスクはヘッドセットに何か呟いたあと、「お答えできません」と一言漏らしてまた前を向いた。
誰かの命令を守っているとはいえ、左隣にいるマリルも同じような冷たい態度だった。ロロアとは大違いだ。彼女たちは同じナチュラリストなのかと思う。協力して未だに知らされていない目的地に同行する気に、一瞬でもなってしまったことを後悔した。
こんなとき、ラナンがいてくれたら。仕えるご主人さまが退屈しないように、色々な噂話を引っ張り出してきたり、あたかも人間と同じ感情を持っているように振る舞ってくれた。AIの少ないナチュラリストの世界はこんなにも退屈なのだろうか。だったら耐えられないかもしれない。
仕方なく、イアインは前のシートの背についているディスプレイを立ち上げて、現在の準光速船の飛行状況を表示させた。すると、『非公開』という文字が赤く点滅した。
頭にきて立ち上がった。すると、二人の女も立ち上がって腕をつかんだ。それを振りほどこうと抵抗する。女たちはヘッドセットに何か言っている。
「離してよ。もうこれ以上我慢できない。どうせ強制的に連れていくんだったらどこに行くかくらい教えてくれてもいいじゃない」
そう叫ぶと、天井からAIの声が聞こえた。現在はザマラがキャプテンのようだ。
「わかりました。座ってください。あと数分で減速に移行します」
荒くなった呼吸を治めるために、ふぅと息を吐き出して座ると、目の前のディスプレイが正常に戻った。表示された宇宙図ではレティピュールとスラーの間にある小惑星帯に向かっているようだった。準光速船はもうほとんどそこへ到達しており、目的地を拡大するとアステロイドレジャーランドと表示された。
レジャーランド? そんなものが小惑星帯に存在することをイアインは知らなかった。ラロス系には無数の人工施設――観測施設から娯楽施設まで――が散らばっており、その一つを知らなかったのは不思議ではないが、レジャーランドは誘拐犯の拠点として適切だとは思えなかった。
レジャーランドをさらに拡大してみる。すると、かなり旧式の回転型ステーションであることがわかる。
小惑星帯には希少金属や純度の高い水やメタンなどの資源が腐るほど存在し、昔から採掘が盛大に行われてきた。そのために人の居住施設や活動拠点が多い。そして、小惑星の衝突によって破壊された施設や宇宙船が岩石や水の塊と一緒に恒星ラロスを長周期で巡っている。いわば系内のゴミ捨て場の様相を呈していて、ほとんど関心を持たれない場所だった。現在ではAIロボットたちが資源の採掘・採集を行っている。
そんな環境にあるものだから、大きな人工施設は小惑星の内部をくり抜いて作られたり、小惑星を並べて盾にしたりする。レジャーランドの巨大ステーションも小惑星が形成する卵の殻のような球体に守られていた。
岩石群の殻といった構造を作りたければ重力があればいい。しかし回転して疑似重力を作る旧式タイプのステーションには大きな重力源はない。そのため、小惑星は磁力で位置を固定されていた。ここへ無秩序な小惑星が激突しても、ほとんど中心に位置するステーションには影響がない。こうした防御システムは、小惑星帯のいたるところにあるようだった。
シャトルに乗り移ると、大きな岩の間をぬうように進んだ。その様子は小さな窓から眺められた。やがて殻の部分を抜けて大きな空洞に出ると、回転するチューブが五本見えた。一番大きいのは直径三キロくらいはある。その上下に二本ずつ、小さい輪が回っている。
ステーションの中心軸の上部と下部には、回転しない構造物があり、そこから長い棒がたくさん突き出ていた。発着ポートのようだ。
シャトルがポートへゆっくりと近づくと、すでにガザリア号から到着したと思しきシャトルが棒の先にくっついていた。
気密ドアを抜けると、イアインは接着シューズを履かされたうえに、二人の女に腕をつかまれ、長い廊下を歩かされた。回転エリアではないために無重力だったのだ。こういうとき、介助ロボットがいてくれると助かるが、ナチュラリストの世界では期待できない。
回転エリアに入るためのゴンドラに乗ると、だんだんと体が重くなってきた。一番大きいチューブでは、標準的な1Gの重力になっているという。小型の乗り物でも用意してくれればいいのに、ずっと徒歩による移動が続いた。三十分以上のハイキングでイアインはヘトヘトになってしまった。イスクとマリルと移動する途中、誰にも会わなかった。例によって過剰で巨大なインフラと、それを贅沢に利用する少なすぎる人たち。このレジャー施設でもそれは変わりないようだ。
他の人間の顔を見たのは大きな建物に入って大きなドアを開いたときだった。そこは劇場のような造りで、演壇の上にはズラリとシートが並んでいる。そこには合計八人の男女が座り、中央には厳めしい顔つきをした男が陣取っていた。客席側にも百人ほどが詰めかけて、ガヤガヤと話し声が響いていた。そこにイアインがドアを開けて入ってくると静まった。