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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
エピローグ
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 目的の惑星スラーに五十万キロまで接近したという知らせを聞いたイアインは、誰もいないブリッジの中、キャプテンシートに座ってこの一年を振り返った。いままで幸運なことに、敵に会うことは一度もなかったが、万が一のことを考え、ほとんどステルス状態で飛行した。そのあいだ、睡眠推奨時間以外のほとんどを、イアインとラナンは白色海岸のテラリウムで過ごした。

 ラロス系に入る直前で減速したマリステスは、周囲に敵戦艦やリプリケータがいないかどうかを注意深く観測したが、脅威と思われる存在はなにもなかった。

 エヌテン星の近傍を通過するさいにも、ステーションなどの人工物があるかどうかの観測が行われたが、文明の痕跡はまったくなくなっていた。これほど執拗に完璧にラロス文明を消滅させる執念とはどういう性質から出てくるのだろうとイアインは訝った。

 まるで手つかずの自然状態にもどった恒星系は、なつかしくもあり新鮮でもあった。

 慎重に索敵を続けながら飛行を続けたマリステスは、やがて惑星スラーの姿を光学的に観測可能な距離まで近づき、すっかりと温暖化して表面を覆っていた氷がなくなっているのを確認した。ヨアヒムが予想した通り、北極と南極を残して、氷結状態から脱したスラーは、まるでレザム星のように見えた。

 イアインは、その望遠映像を一回見たきりで、その後の観測はAIやラナンにまかせた。はっきりと目視で全体が見られる距離まで接近したら知らせるように指示していた。

「展望ルームから惑星スラーが一望できます」

 マリステスの声にうなずいたイアインは、シートを立ち、艦首の両舷から数メートルだけドーム状に飛び出ている小部屋に向かった。入っていくとラナンが待っていた。しかし、湾曲した大きなガラス窓の外側にはシールドが覆っている。

「窓を開けてちょうだい。ラナン」

「その言葉をお待ちしていました!」

 濃いグレーのシールドが薄れていく。すると、眼下に広がる惑星スラーの巨大な球面が見えてきた。

 ガラスに近づき、手をついて見下ろす。青い海原にラロスの光が反射して輝き、白い雲の群れがゆっくりと流れていた。その上を移動するマリステスからは、大陸が前方から流れてくるように見える。

 水平線や地平線の上にはうっすらとした大気の霞が、黒々とした宇宙空間に向かってグラデーション状に溶け込んでいる。かつてこの惑星にも、ステーションや基地がたくさんあったはずだが、いまや何も残っていない。

「すごい。綺麗ね。レザム星とそっくり」

 イアインが感想を漏らすと、ラナンも「そうですね。遠くからは見分けがつきません。大陸の形しか違いがないでしょう」と言いながら新しく生まれ変わった惑星を見つめている。

 やがて、小型AIが一つの提案をした。

「生まれ変わったこの惑星に、このさい、新しい名前をつけたらどうでしょうか」

「スラーを逆から読んで、アース、がいいかな」

「そんな適当に――。ちょっと冴えない名前ですが、落ち着いた感じがしていいんじゃないでしょうか」

 あの凶星が通過する前、もっとラロスから遠くに位置していたこの惑星は、ただ白い光を反射するだけで特徴がなかった。母親と手をつないで歩いた氷原の記憶がよみがえる。だが、いまは氷結時代が終わり、新しい命を育むに適した環境に変わり、青や緑や黄土色などの多彩な色が燃えている。その様子に感動しないわけにはいかなかった。

 かつて人類はやさしくてフレンドリーな超AIの創造に成功した。だけど、そのことによって滅びてしまった。次に生まれてくる人たちは失敗しないで欲しい………。

 イアインが心の中でそう呟いたとき、マリステスの声が聞こえてきた。

「着陸に最適な場所の候補がいくつかあります。評価してください」

「あなたに任せる。マリステス」

 彼女が惑星スラーを眺めたまま返事をすると、船体を傾かせ、白銀に輝く戦艦が青い海原のほうへ降下していく。

 頭がよく、話好きなAIが二体いて気がまぎれるにちがいないが、これから無人の惑星スラーで、孤独な生活が始まる。そして一人だけで死ぬことになるだろう。しかし、この惑星に再び人が生まれてくると思うと、イアイン・ライントの心は躍った。                        

                           了

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。

ご感想いただけたら幸いです。

この話の5億年後を描いた『太陽系時代の終わり』も図書館で検索して読んでみてください。


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