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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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 準光速船の船倉へ近づくと、空気の動きを感じた。それもただならない速さで船倉の方向へ流れている。次の瞬間、今まで通ってきたコリドールの照明がすべて消え、あたりは漆黒の闇になった。ただ、「発着ポート」という矢印つきの表示が輝いている。

 ラナンの手が光を放ち始め、あたりが明るくなった。依然として空気が流れている。

「おそらく船倉のエアを抜いたのでしょう。空気ボンベの用意を」

 そう言われてイアインはポーチをまさぐって目的の小物を出した。手が塞がるのが嫌だったので、さきほどコンソールでレクチャーされたとおりに口に咥えた。

 しかし百%の真空だったらどうするのか。ボンベを咥えてもあまり意味がない。生身の人間が真空中にいられるのはせいぜい数十秒程度だからだ。

 空気が薄くなってきた。それに暗闇の中からは大量の機械音が響いてくる。進むのは危険そうだ。もうすぐシャトル発着ポートに到着するはずだったのに、ザマラの作戦は効果を発揮していた。

「ここにいてください。それから、シャトルに到着できたらこれを差し込んでください。自動的にレザムへ帰れます」

 ラナンはそう言ってオプティカルカードを差し出した。それをマジマジと見ている時間はない。イアインは少し下がって、通路の窪みに身を隠した。

 ラナンが遠ざかると身の回りが真っ暗になって何も見えなくなったが、機械の轟音と振動を伴った散発的な爆音が聞こえてくる。

 あたりが静まると、遠くから「来てください」という声が聞こえた。イアインは手で壁を押したり、足で蹴ったりして空中を進んだ。すると、ポートの入口に瓦礫が山のように浮かんでいた。瓦礫になる前は人型のメンテナンスロボットだったはずだ。武器も大量に転がっているところを見ると、にわかに武装したのだろう。

 発着ポートの中にはわずかな光が動いている。そこから「こっちです」と呼ぶ声がする。

 少し息苦しさを感じたので、イアインはボンベを作動させ空気を吸い始めたが、まだ完全に真空状態ではないようだ。壁を蹴って声のする方向へ飛ぶと、一つのゲートの前でラナンが手招きしている。イアインは一生懸命に近づく。しかしゲートはロックされているために開かないようだ。

「仕方がない、破壊しましょう。下がってください」

 少女型のAIはライフルを抱えながらゲートに向けて発砲した。空中に浮かぶ体が反動で後ろへ下がる。強力な破壊力を持つ弾体を跳ね返すほどのゲートは、船内には存在しなかった。続けざまに撃つと軽量素材でできた板がちぎれて飛び、大きな穴があいた。

 しかし、その向こうにはまた人型ロボットが待ち構えていた。しかも大量に。シャトル搭乗口につながるチューブ内にもぎっしりとロボットが詰まっている。

 この準光速船に搭載されているシャトルは十五隻ほどあるが、すべてのチューブ内にロボットが詰め込まれていると推測できる。

「はぁ~」とラナンが溜息をついた。

 どうも形勢が逆転したようだ。もしかするとシャトルには爆発物が仕掛けられているかもしれない。

 イアインは戻りましょうと言いたかった。しかしボンベを外すことができない。外して声を出しても真空に近いために音波が伝わらないはずだった。音がないはずなのに、耳の中でキーンという音が鳴り響いている。

 ライフルが闇雲に発砲された。それと同時にロボットがチューブから押し寄せてきた。困ったことにポートの入り口からもロボットの群集が押し入る。それぞれが銃のような武器を持ち、発砲を開始する。闇の中で一点に集中する夥しい火線。それは艶美な花火のようだった。

 光の花の中心点からの反撃はごくわずかだ。やがて発砲が止まり、ロボットたちがラナンのいた場所へ殺到した。イアインも空中を飛んでそこへ向かう。

 すると、今まで守るべき人のために孤軍奮闘していたレベル4AIは、無残にも引き裂かれていた。人型ロボットのたくさんのアームが、頭部、腕、足などの破片をそれぞれ掴んでいる。

 空気が薄いことも忘れてイアインは叫んだ。

「ラナン! ラナン!」

 バラバラになったAIの頭部はまだ生きているようだった。イアインの姿が目に入ったらしく、かすかに声が聞こえた。

「早く、シャトルへ、脱出してください」

「だめ、あなたをメンテナンスルームへ運ばないと」

「大丈夫です、この体が破壊されても私はあなたと一緒にいます。だから早く。あなたはナチュラリストの誘拐を是としないのでしょう。このロボットたちはあなたに危害を加えるはずがありません。彼らの目的を思い出してください。武器を使いながら堂々とシャトルへ乗ってください」

 それだけの音波を最後に残ったエネルギーで発すると、ラナンはとうとう動かなくなった。

「わかった。でも……」

 イアインは後ろ髪を引かれる思いを振り切り、空中に漂っているロボットの破片をかき分けてシャトルへ向かった。エアロックの前に到達すると、青と赤のボタンがある。おそらく開かないはずだ。半分諦めて青いボタンを押すと、シューという轟音を立ててドアが開き、大量の空気が吹き出してきた。

 意外なことに、エアロックの先には無重力にもかかわらず、ロロアが銃を持って床に立っていた。壁面接着シューズを履いているために姿勢が安定している。

 イアインの姿を見ると、ロロアは銃を向けてきた。しかし、命令ではなくほとんど懇願するような口調だった。

「大人しくして。お願いだから」

 しばらく十七歳の女たちは無言で見つめ合った。イアインはポーチから銃を取り出した。グリップを握ると、ヒューンと音がして、インジケータが光った。発射可能を示している。

「私たちを助けて。お願い。私たちと一緒に来て」

 ロロアはほとんど泣きそうな顔をしている。それでも彼女は勇気を振り絞って銃を向けた。おそらく、この銃の威力は一時的に意識を失わせるだけで、命までは奪わないはずだ。

「イアイン! あなたも人類の滅亡は望んでいないでしょう。そのためにはあなたが必要なの。私たちを信じて。まだあなたは私たちのことを知らない。それをよく知ってから拒否しても遅くはないはず。とにかく一緒に来て、お願いよ!」

 彼女は言葉を出せなかった。言っていることはわかるし、ある程度は共感する。しかしラナンを破壊された怒りがおさまっていない。やはりロロアを信用する気にはなれなかった。

 自分に向けられた銃を握る手に、おそるおそる力が入るのを見たロロアは、なぜか銃をゆっくり下げた。

「もしあなたが一緒に来てくれるなら私なんてどうなってもいい。信じて。あなたに危害を加えたくはない」

 銃をおろして真心を伝えたのに、相手はまだ銃をこちらに向けているのを見て、ロロアは言葉の虚しさを感じたようだった。

「では、私はこうしてあなたにお願いする」

 ロロアの銃が動いた。それを見てイアインもいよいよ撃たなければならないのかと覚悟した。しかし、ロロアの銃口が狙いをつけたのは意外な場所だった。

「私に免じて一緒に来て」

 そう言うとロロアは目をつぶって発砲した。衝撃を受けた体が一瞬だけ痙攣し、スーツの胸の部分が赤く染まった。荷電粒子ではなく、金属弾を撃ったようだ。でなかったら胸や背中から血が噴き出すはずがない。

「何をするの!」

 そう叫んでイアインは狼狽えた。信じがたいことに目の前で十七歳の女の子が自分を撃ったのだ。そんな悲惨な光景は見たことがない。急に目じりから涙が溢れるのをイアインは感じた。それと同時に、天井から声が聞こえた。

「ロロア・ライーズ。その行動は予定にありません。救護ロボットを派遣します」

 全艦の照明が点灯した。

 すぐに姿勢制御用エアーの音が響き、数機の大型ドローンが飛んできた。接着型のシューズを履いたままのロロアは立ちながら意識を失っている。銃はひとさし指にかろうじてひっかかり、その手は真横に漂っていた。明かりを取り戻したエアロック内には、ロロアの苦痛に満ちた、青白く歪んだ顔があった。

 その体を床から引っこ抜いたドローンは、三機で協力しながら運んで行った。

「イアイン・ライント。今の現象、今の人間の行動は理解できません。あなたならわかるかもしれません。私からもお願いします。ナチュラリストと行動を共にしてください」

 イアインは両手の甲で涙を拭き、銃を投げ捨てた。おそらくここで拒否しても強制的に連行される。だが、もうこんなのは嫌だ。五年くらいずっと一緒にいていつも助けてくれたAIがバラバラにされたり、自分と同い年の女の子が目の前で自殺した。すべて自分のせいだった。

「わかりました……」

 イアインは小さな声でそう答えた。ショックと悲しみで体が震え続けていた。

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