---------- 125 ----------
一番広い場所は、後部にある船倉だった。何でも格納できるように最大で三百メートルも奥行がある。それに対して高さが二十メートル程度だったから意外に狭く感じられる。
新天地で使うための機材を並べ、一メートルほどの高さの演台にした。その周りにエルソア号に乗っている人間のほとんどが集まった。だがこの二日間、引きこもってしまったルディとそれに付き合っているロロアの姿がない。イアインはルディにはっきりと伝える前にこのような発表を行うことが残念だった。
天井の照明がサーチライトのように動き、小高い機材の上に集まった。その光の中で眩しさに目を細めながら、イアインは話し始めた。
「みなさん。集まってもらったのは、これからの私個人のことです。個人的なことで申し訳ないのですが、一応、というか、あまり責任者とか艦長とかに自分がふさわしいとは思えなかったのですが、この船のキャプテンということなので、挨拶させていただきます」
このように切り出すと、あちらこちらから「そんなことないぞ」とか「あなたは我々を代表するにふさわしい人間だ」とかの声があがった。それに答えてイアインも「ありがとう」と笑顔を見せる。
「一年くらい前に、私は首相やヨアヒムから人類の復活のためのプログラムを実行するように依頼されました。どこか生命が誕生するのにふさわしい惑星を探し出して、そこに最終的には人類に進化する生命のタネを撒きます。それには私が必要らしく、私しかできないことらしいのです。
現在生きている私たちは移住先に渡っても、その先の未来がありません。しかし、人類再興計画は、その先を創り出します。もうみなさん知っていると思いますが」
「知ってるよ!」という声が方々から飛んだ。
「そこでみなさんに問いたい。この計画は実施されるべきでしょうか?」
船倉に響く拍手が沸いた。その音には「やるべきだ」「当然!」「人類が絶滅してたまるか」という声が混じっている。
「ではみなさん、私のわがままを許してください。私だけがこの船から離れます。そして、惑星スラーに戻り、人類のタネを撒きます」
また拍手が沸いた。すでに多くの人たちが、この展開を予想していたようだ。演壇前の最前列にサブリーダーたちが立ち、拍手している。オルシア・ルノンが「よく決心した! イアイン!」と野次を飛ばす。
「おそらく、私がラロス系に戻る頃には、リプリケータが文明の遺物や人工物をすべて消滅させているでしょう。図らずも人類再興計画に適した環境にしてくれたわけです。
思えば、首相からのこの船の責任者になって欲しいと依頼され、気がつけば艦長なんていう肩書もついてしまいました。しかしろくな仕事ができませんでした」
「そんなことないって!」「謙遜しすぎ!」という野次の中に、「でも人には適性ってものがあるからね」というマストリフ・ネスラの声が聞こえてきた。イアインはそれに答えた。
「そうそう。その通りよ」といってすぐ斜め下に立っているマストリフを指差して笑った。
「考えてもみてください。私があのキャプテンシートに座って、敵を攻撃する命令を出すようなシーンが想像できますか?」
船倉内にどっと笑いと拍手が起こった。
「とりあえず、この船がここまで敵と遭遇しなかった幸運に感謝します。これから、みなさんで新しいリーダーを決めてください。
それでは、いままでありがとうございました。あと数日でみなさんとはお別れです」
そういってイアインはおじぎをした。思わず泣きそうになったが、自分はもう泣かないと決めていた。依然として拍手が鳴りやまない中、ガタガタと音がして、オルシア・ルノンとフロリナ・バロアが演台に上がってきた。