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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第四章 終末の詠唱
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 詠唱が始まってしばらくすると、広場全体が明るくなったように思えた。それからのプロセスは早かった。天に向かう強烈な光が幾筋も地面から現れ、除々に数を増していった。

「なにこれ!」とロロアが動顛しているが、イアインは何も言わなかった。やはり、首相は何もできなかったことを悟った。なにかにつけ抜け目のない母親が、その勝負で勝ったのだ。

 地割れでもしたかのように、地中からの光が太くなっていくと、一部では逃げ出す人々もいた。しかし、ステージ上の教組は何事もなかったかのように詠唱を続けている。

《私がいたのは静かな森の中

 私がいたのは山並みを映す湖面の上

 私がいたのは群青色の空に近い高山の頂

 私がいたのは漆黒の空と薄青い地平線が見える高空

 私がいたのは数多の星が生まれる場所

 目に見えるものもなく

 耳に聞こえるものもない

 触れるものはすでに遠くなり 大いなる真実に満ちていく》

 今までにない大歓声が沸いた。地面がすべて光の渦に変わっていたからだ。そこにはゆらめく光の海ができていた。すでに人々の足を侵食し始めている。

 そこで、女教組は詠唱を中断した。

「みなさん! 怖がらないで! それがアセンションなのです! いまこそ我々に神の恩寵を!」

 ほとんど絶叫だった。そして低い位置にいる人々の全身が、水位のように上昇する光に溺れていく。一人一人の声はもはや聞き取れない。

 やがて詠唱を再開した女教組の立つステージまで光が上昇した。

 思わずイアインは目をそむけようとしたが、見る義務があると思って耐えた。目じりから涙がこぼれていることにも気づかず、その映像を心に焼き付けた。

 アーイア・ライントの足が光にさらわれていく。それがどんどん上昇していく。白いワンピースの裾、太もも、腹、胸、と光に覆われたとき、「イアイン! あとはあなたに任せた!」と母親が叫んだ。考えてみれば聞こえるはずのないその言葉がはっきりと聞こえた。

 そして、光が頭の上に達して全身が消滅したあと、水中から突き出ているかのように、最後まで残った右手が小さく左右に振られていた。

 いつの間にか、抑えられない嗚咽のためにイアインがソファの前に崩れ落ちていた。

 わかっていた。こうなることは知っていたが、やはり耐えられなかった。

 右腕を掴まれて、背中に当てられた手が上下に動いているのを感じた。しかし、気を取り直せなかった。しばらくして左右から誰かに腕を取られて立ち上がった。

 そのとき、ラナンの声がした。

「え? まだおさまらない? このまま拡大すると全部消えてしまうのでは?」

 すでに映像はモニュメント広場から切り替わって、静止衛星のものになっていた。アポイサム上空から惑星全体を俯瞰している。

 その中心点から光の渦が急拡大し続けているのだ。

 異常な展開に、ロロアもフロリナも動きを止めた。イアインを寝室に連れて行こうとしていたのも忘れて。

 やがて、惑星全体をその中に収めても、光はまだ拡大していた。静止衛星も飲み込まれたために、今度は衛星ドゥーテからの映像に変わった。

 最終的には衛星ドゥーテからの映像も途切れてしまったため、エルソア号の観測班の映像が現れた。すると、衛星ドゥーテが消滅したところで光の渦は収束していった。肩を組む三人の女が無言で固まる傍らで、「レザム星が消えちゃった」とルディがつぶやいた。

 イアインは何か言いたかったが、言葉が出てこない。だが同じくらいのショックを受けているはずの、ロロアとフロリナがしっかりと寝室まで連れて行ってくれた。

 横になって息を深く吸った。しばらくしてからゆっくり吐き出した。

 母親がアセンションすることは知っていたが、母星までまるごと巻き込むとは思ってもいなかった。最初からそのつもりだったのだろうか。おそらくアポイサムに残っていた人たちや、準光速船で一時避難していた人たちも一掃されてしまっただろう。母親はあまりにも恐ろしいことをやってのけた。あれがレザム星始まって以来の大罪なのか、それともまだ死ねずにいた文明を救済したことになるのか、まったく判断できない。だが、あの人も怖かったはずだ。つい今しがた消滅した肉親の心を推し量ると、イアインは胸の奥が苦しくなった。

 目を閉じると、まぶたの裏に光の渦が残っていた。そこへ人類が今まで積み上げてきた歴史、繰り返された愛憎劇がすべて溶解した。ほんの数十分のうちに。いま残っている人類はどれくらいの数になるのだろう。自分たちは母星を失った漂流民だ。栄華を誇ったラロス系文明も、いよいよ黄昏時を迎えて、イアの海に没しようとしていた。


ここで95%終了です。あとは終章数ページとエピローグ1ページだけです。

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