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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第一章 燦然と輝く廃墟
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 後ろ手に拘束バンドをかけられたイアインは、客室シートに無理やり座らせられた。その周囲を囲むように突っ立っているのはグレーの簡易スーツを着た男三人と、クリーム色のスーツを着た女二人。もちろん、ロロアと自称父親も混じっている。誘拐犯たちは三十センチくらいの棒を持っている。おそらく人間を制圧するほどの電流が発生する仕組みであることは、棒の先に二つの針が露出していることからもわかる。また、何らかの弾体も発射できるようだ。棒の先には銃口らしき穴も空いている。

 しばらく無言だったためかイアインの心は落ち着いてきた。そういえば、ラナンはどこにいるのか。この人たちが押し入ってきたときの位置にいるんだったら、三つか四つ後ろのシートのはず。しかし、ザマラというAIに制圧されて動けない状態が続いているに違いない。動けるんだったらとっくに助けてくれている。

 そんなことを思いつつ、イアインはこの気持ちの悪い沈黙が嫌だった。隣に座っているロロアは依然として硬い表情のままだ。

「あなたたちがこんな大きな宇宙船を乗っ取ってまで私を誘拐する理由を教えてくれない? そんなことをする価値が私にあるとは思えないんだけど」

 それを聞いてロロアや他の男女が一斉にオケノ・ライーズを見た。ということは、この場のボスはオケノということになる。ボスはロロアに目配せした。

「私たち自然主義者があなたに興味を持っている理由はわかるでしょ?」

 目を見つめられながらそう問われて、イアインは一つだけ思いつく。

「私が生身の母親から生まれたこと?」

「そう」

「で、そうだったとして私を誘拐するのはなぜ?」

「あなたにはぜひ協力して欲しいから」

「協力? 私にできることなんて何もないでしょ」

「私たち自然主義者の究極的な目標って何だかわかる?」

「よく知らない!」

 イアインは持って回ったようなくどくどした会話に徐々に腹が立ってきた。

「いうまでもなく人類の存続よ。私たちは人類がこれから先もずっと生物種として知性体として続いていくことを願っているの。それだけなの」

「要するに私が子供を生める可能性があるから?」

「そう。自然主義者の女性は妊娠・出産能力があるかどうかを全員調べている。そして、どうしたらその能力が回復するかを研究している。お願いだから私たちに協力して」

 イアインは自分が出産できるのかどうかわからなかったし、自然出産したいと思ったこともなかった。子供を欲しいとすら考えたこともない。そもそも、母親のアーイアだって、色々なホルモンや体内の生理活性物質をコントロールして、やっと出産が可能になったのだと聞く。現在の女性が子供を生むということがいかに難しいか、ナチュラリストはわかっているのだろうか。

 いきなり誘拐され、強制的にそんなことを考えさせられて混乱した。「私にはそんな能力はない」と白を切ることも考えたが、彼らは色々なことを調べているだろう。

「だったらそう言えばいいじゃない。申し込まれれば協力したかもしれない」

「申し込んでいたのよ。あなたの母親と評議委員、それにAIにも。何回も却下された」

「私だって人類に滅んでほしくない。でも超AIが散々研究しているのよ? その結論はもう出ているはずなんだけど」

 その問いかけに対して、オケノ・ライーズが答えた。丸坊主の頭には金髪の産毛が少しだけ残っていて、それを仰ぐ形になるイアインには不気味な縁取りに見えた。

「その通りだ。ヨアヒムの結論ではどうあがいても人類は自然に増えることはない。ただし、それは現在の環境においてだ。AIに介護され、すべての面倒を見てもらうといった条件下におけるシミュレーションの結果だ。私たちのAIのシミュレーションでは、どこかの手つかずの自然が残る惑星において、AIなしで生き延び、再び自然淘汰の試練をくぐり抜ければ人類は再び活性化する。我々にはまだ希望が残っているのだ」

 本当だろうかと彼女は思った。もしそれが本当であれば試してみる価値はあるかもしれない。自然主義者たちがそのシミュレーションにしがみつくのも理解できる。

 そのとき、後ろからの声が届いてくる。聞きなれた声だ。

「それは違います。ナチュラリストのみなさん」

 イアインは思わず席を立った。その場の人間がすべて後方へ注意を向けた。そこにはシートの背から顔だけちょこんと出したラナンがいた。

「現生人類、つまり今の人間を荒ぶる自然の中に投入しても生殖能力は復活しません。ヨアヒムのシミュレーションをバカにしないでください。彼がそんな可能性を考慮しないとでも思っているのですか」

 それを聞いてナチュラリストたちの顔が厳めしくなった。

「どういうことだ。説明してくれ」

 オケノが厳然とした態度でラナンの方向へにじり寄っていく。だいたい、このレベル4のAIは制圧下にあったのではないのか。どうしてこんな発言が可能なのかわからない。オケノがザマラに問う。

「こいつはなぜ自由に行動可能なのか、説明しろ」

 天井から声が聞こえてきた。

「現在も制圧中です、オケノ・ライーズ。中央演算素子および行動中枢にはスリープ関数を挿入してあります。コマンドのオーソライズは私が握っています。エラーは確認されません。したがって、そのAIの行動は理解不能です」

「なんだと?」

 ラナンに近づいていたオケノの足が止まった。自由に行動できるなら手ごわい反撃もできるということだった。

「まあナチュラリストのみなさん。そんなことはどうでもいいでしょう。タネ明かしはできませんが、私みたいなAIもいるということです。それよりも、先ほどの話に戻りましょう。いいですか、あなたたちナチュラリストが自然にあふれた惑星で苦役に喘ぎながら文明を再建するのは勝手です。そうしたければそうすればいいでしょう。それはあなたたちの自由です。準光速船や必要な機材は有り余っています。AIも評議員も反対しないでしょう。しかし、新惑星に移住したあなたたちはその代で終わりです。AIの人工出産システムなしで子孫を残すことは絶対にできません。レザム星だろうと新惑星だろうと、どこにいても同じなのです」

 オケノはすごく悔しそうな表情に変わり、顔全体を真っ赤にした。

「だから、なぜなんだ!」

 ラナンは少し得意げな表情を浮かべた。

「現人類が生殖能力を失ったのは、進化の結果だからです。あなたたちは何百万年、いや何億年もの進化の結果として存在しているのです。人類が再び生殖力を取り戻すには、進化をやり直す必要があります。わかりますか? 進化です。あなたたちが今言ったような自然が与える試練ではないのです。つまり、人間たちや他の生物たちが惑星レザムで原初のDNAを持つ単細胞生物から進化してきた、その数億年にも及ぶプロセスを再び経験する必要があるのです。いくらあなたたちが原始的な生活を続けても無駄です。わかりましたか?」

 場が沈黙した。イアインを含めた八人は、自分の記憶している情報とラナンの発言を突き合わせている。イアインを除いた七人は動揺が隠せない。そこへラナンが再度たたみかける。

「いいですか、人間のみなさん。あなたたちは菌類や藻類、アメーバなどの原生生物に戻ることはできません。時間を戻すことは超知能AIにもできません。そこからやり直すことが不可能なことは誰でも理解できるはずです。このハイジャックは諦めてください」

 オケノが上気した顔で声を振り絞って反駁する。

「バカな! どうしてレベル4のお前がそんなことを知っているのだ! 知っているわけがない。お前はウソをついている。ウソをついて我々の計画を台無しにしようとしているのだ」

 オケノがラナンに向かって走った。それを見た七人もそれぞれの行動を開始する。ロロアはイアインの腕をつかみ、後から来た五人の男女は、オケノに倣って自分たちに不都合な発言をする不可解なAIを破壊しようと駆け出す。

 ところが、オケノが棒状の武器をラナンに向けたとたん、爆音と閃光が客室を吹き飛ばした。その衝撃波はイアインの髪やスーツを震わせ、一瞬にして視界が白くなり、何も見えなくなった。耳の奥がツーと鳴るだけで聴覚がない。床が顔から足まで貼りついているということは、うつ伏せに倒れているようだ。

 少し時間が経過すると、かろうじて目が見えるようになった。隣に横たわるロロアは耳を押さえたり、手探りで周囲の状況を把握しようとしている。そこへ、何者かが彼女の腕をとった。そして体を抱きかかえるようにして立ち上がらせ、素早く移動する。この感触はラナンだ。しばらく連れて行かれるままになると、やがて狭い場所で床に寝かせられた。

「大丈夫ですか」

 なんとなくそう聞こえた。まだ耳が聞こえにくい。

「うん、なんとか、痛いところもないし……」

「それはよかった」

「ところで、どうしてあなたは動けるの?」

 横たわった体の上にラナンが乗っかるように覗き込む。

「それは内緒です。災難でしたね。これからどうするか考えましょう」

「あの人たちは?」

 そう聞かれるとラナンは一瞬困ったような顔をした。

「オケノ・ライーズは死亡しました。あれだけの衝撃を受ければ仕方がありません。脈や脳波をスキャンして確認しました。ショック死です。あとの人たちはしばらく動けないでしょう。あなたと一緒だったロロアはもう動いているでしょう」

「まさか、オケノを殺したの?」

 ラナンはすぐに答えなかった。AIが人間に危害を加えることは原理的に不可能だった。それはラナン自身もよく知っているはずだ。

「そうですね……。不慮の事故です」

「まさか、ありえない。あなたが人を殺すなんて……」

「緊急事態でした。仕方がありません。それよりも今後のことです」

「待って! あなた本当にレベル4のAIなの? 緊急事態だとしても人を殺すことは……」

 ふつうの少女にしか見えないAIが突如不気味な怪物に見えた。

「そのことについては後ほど説明します。もう歩けますか?」 

 イアインは体を動かしてみた。全身の神経が一時的な衝撃を受けただけだったので、すでに手足は意のままに動いた。ゆっくりと立ち上がると、ラナンは「よろしい」と満足そうな声を出した。

「行きましょうか」と手を引っ張る。

「どこへ?」

「とりあえず、分子アセンブラ工場へ行きましょう。あそこで必要なものをこしらえます」

 ラナンはこの船の構造をよく知っているようだ。何回か移動用ゴンドラを乗りついで工場につくと、小型AIは操作用コンソールに話しかけた。すると、周囲から重厚な機械音が響き始めた。

 分子アセンブラ工場では原料となる物質さえあれば、食糧を除くほとんどすべての物体を作り出すことができた。実際には食糧も作れるが、それを食べるのは味を考慮する余裕がないときに限られる。

 まずラナンは武器をいくつか作った。部屋の奥で突き出している箱状の台の上には、いつの間にか完成品が載っていた。

 そこからラナンが一つの武器を取る。それは昔の拳銃のような形をしたショックガンで、高エネルギー状態の荷電粒子を磁気リコネクション現象で放出する仕組みだ。要するに磁力で荷電粒子を飛ばすタイプのスタンガンで、大出力で弾体を飛ばすと船殻に穴が空くことを嫌う船内用の武器だ。スタンガンと違って本体を敵に接触させる必要はない。

 それからラナンが持ち上げたのは、小型のスティックだった。口にくわえるタイプの酸素ボンベ。次は、バルミサイト繊維でできた耐高温・放射線用の薄いシート。リュクレリウムが数%混ざっているためにキラキラと輝くこのシートは防寒具にもなる。非常事態には過酷な環境に陥りがちな宇宙船では必需品といえる。

 そして、ラナンは自分の装備も作った。発射した弾体を誘導することが可能なライフルだ。これは遮蔽物の裏に存在する目標の破壊も可能にする。また、荷電粒子の射出も可能。そのほか、結束バンドや小物をチョッキのポケットに押し込む。

「使い方をそこのコンソールが表示していますから、よく見ておいてください。少し偵察してきます」

 そういうと、ラナンは小さな体の脇にライフルをはさんで、アセンブラ工場から出て行った。

 ありがたいことに、酸素ボンベとシートを収納する小型のポーチも作り出されていた。そこに三つのアイテムを入れて、イアインは肩から下げた。こんな危険物を使うはめにならないことを願いながら。

 すぐにラナンが戻ってきた。

「船倉のシャトルまで行きましょう。そこから脱出します。ついてきてください」

「わかった」

 そういうとイアインは身をかがめるようにおどおど歩き始めた。その様子を一瞬見てラナンはまた視線を前方へ向けた。

「そんな身構える必要はありません。この船を支配しているザマラは私たちの居場所や何をしているかを知っています」

「やっぱり……」

 隠れ場所はないということだ。この船のあらゆる機能はザマラに握られている。その証拠に突然二人の体が空中に浮いた。

「そうきましたか。予想していました。イアイン、君は無重力に慣れていないからね」

 衝突するのを避けるため、イアインは手で天井を押さえた。そしてたったいま聞いた言葉が気になった。

――君は無重力になれていないからね――ラナンは今までそんな喋り方をしたことは一度もない。

 ご主人さまの右手を引っ張りながら、小型AIが壁に爪を立てて進んでいく。そのたびに反動で体が通路の中央へ流れるが、壁に食い込んだ爪が引き留める。空気抵抗があるだけなので、一回爪で引っ掻くとゆっくりと空中を移動することができる。

 イアインは髪の毛が無秩序に広がるものだから、まとめる紐が欲しかった。空いている手で顔に降りかかる髪を払わないと視界が確保できない。

 そうこうしているうちに、異様な音が聞こえてきた。高圧の気体が小さな穴から噴出する音だ。ラナンとイアインが通路の角を曲がると、そこには介助型ロボットを強化外骨格のようにまとったナチュラリスト三名が待ち受けていた。介助型ロボットは時々エアスラスターで無重力下における姿勢制御を行っている。

 イアインたちの後方で隔壁がバタンと閉まった。袋のネズミ状態だ。

「道を開けなさい」といってラナンがライフルを構えた。

「これは脅しではありません」

「その子は俺たちと一緒に来てもらう予定だ」と一人の男が応じた。

 キューンという音がして発射された粒子の筋が見えた。その瞬間、一番前にいた男の全身が光った。しかし、ダメージはまったくない。

「過電流遮断システムですか。船内ということで手加減した私が甘かった」

 三人を乗せたロボットが一斉に後方へガスを噴射しながら近づいてくる。イアインはラナンの指がライフルのモードを変更するのを見た。

「やめて! もう人間を殺さないで」

 という声が届く前に、ライフルからは立て続けに三発が発射された。金属製の弾体は正確にロボットだけに命中し、小規模な爆発が起きた。

 クルクルと回転するのもいれば、異常噴射を起こして飛んでいくのもいた。火を噴くロボットを必死で解除して飛び降りる男もいた。

 ラナンは振り返って「大丈夫です。人間には当たっていません」と笑った。

 無重力の中、二人の男は結束バンドでがんじがらめにされた。手と足をさんざん縛られた挙句、二人の胴体も一緒にぐるぐる巻きにされた。男たちはAIロボットの力に抗えるわけがないことを知っていて、まったく無抵抗だった。

 飛んで行った男の姿はもうない。頼もしい少女型ロボットは再びイアインの手を引いて進み始めた。


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