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目まいを起こすほどの光の横溢。広場を取り囲む建造物からの乱反射。人いきれ。汗。潮騒のようにうねる喧噪。涙。失神。陶酔。広場には人間たちのありとあらゆる極限的な姿があった。煉獄の炎に焼かれて逃げ惑い、挙句の果てに見つけた一筋の光芒へすがろうと、群集がステージに押し寄せている。凄まじい光景だ。これほどの情動に憑かれた人々の組織的な動きをを、いまだかつて見たことがない。アポイサムという都市では史上初の現象だった。
「なんだかこっちまで気持ち悪くなってくる」
フロリナがそう言うと、ラナンが「お茶でもどうぞ」と応じた。
「ありがとう」とフロリナがティーカップを取る。このエルソア号内では、こんな映像さえ流れていなければ、安全と安寧と心の静謐は保証されていた。
画面の中では女教祖が右手を天に突き上げていた。人差し指が直上を向いている。そのまましばらく固まって静かになるのを待っているようだ。五分すると広場が静かになった。
「では、これから私の命をかけた詠唱を行わさせていただきます。そして、アセンションが始まります。みなさん、何が起こっても決して怖がらないでください。これから起こることはすべて昇華のプロセスです。
それでは、神の祝福があらんことを祈って、詠唱させていただきます」
女教組は右手を降ろし、両手を胸にあて、天を仰ぐようにアゴを上げた。その口から流れてきたのは、今まで誰も聞いたことのない詩だった。
《静かに始まる私たちの朝は
暗い夜のあとに続き
闇に潜むものも
光の中に宿るものも
イーアのゆらぎが作る幻想
二つのものが一つになるとき
神聖なるものも
邪悪なるものも
突出した頂きから降りて
私たちの元に還ってくる
時間さえもつれの海へ戻ってゆく》
よく響く高い声が広場に行き渡り、都市全体が共鳴しているようだった。イアインは、こんなに美しい声で歌う母親を初めて見た。隣のルディも何かを感じているようだ。目が輝いている。ロロアもフロリナもティーカップを手に持ったまま映像に見入っていた。