---------- 115 ----------
胸の中にわだかまっていたことを吐き出して、イアインは心の整理がつきそうな気がしていた。そんなつもりはなかったが、図らずも肉親との最後の別れの挨拶になり、踏ん切りがついた。母親に言われたとおり、自分のやるべきことに対する意識が大きくなってきた。とりあえず、新しい惑星に移住するメンバーたちの航海を安全にしなければならない。そのあとは……。
シャトルがマリステスに収容され、衛星ドゥーテに向かって加速するころには涙も乾き、いつも近くにいてくれる小型AIと普通に話をしていた。
二人だけのブリッジは広く感じられる。ブリーフィング用に横に並んでいる耐加速用シートが体を締め付けてくる。スクリーンには飛行コースが表示されていた。
「問題なのは、これを首相に知らせるかどうかですね」
さきほどの会話をすべて聞いていたラナンの指摘にイアインはうなずいた。
「一応言うべきだとは思う」
「でも、アセンションして消滅するといっても、あの広場にいる信者だけでしょう。おそらく、首相やヨアヒムもそれは予想しているはずです。少なくともヨアヒムはその可能性に気がついていないわけがありません」
「あの広場というか、アポイサムの一部が消滅するのね」
「最初にステルス状態に移行したあとに、そうするんでしょう」
「一応、首相には知らせておいてくれる?」
「わかりました」
そんな会話をしているうちに、戦艦マリステスはおよそ三十八万キロの距離を駆け抜けて減速に移った。スクリーンには、エルソア号とオルソア号、そしてメイザー号の姿が映し出され、どんどん接近していく。まだ過ごした時間は短いのに、イアインは住み慣れた我が家に戻ってきたような安堵感を覚えた。
エルソア号の発着ポートについて機密室の扉が開くと、疲れているキャプテンの代わりに色々とやることがあるラナンは、ブリッジに走って行った。
その後すぐにエルソア号を旗艦とする船団は、惑星スラーへ向けて出発した。
1001号室に戻ってリビングのソファに落ち着くと、待っていたらしいルディがロロア・ライーズと一緒に奥の部屋から出てきた。手をつないでいる。
パジャマ姿のルディが「おかえりなさい」といいながらイアインの隣に座り、まるで子犬のようにじゃれついてくる。頭を撫でられて嬉しそうだ。その様子をソファの後ろで立って見ているロロアは微笑んだ。
「ただいま。いい子にしていた? ロロアに迷惑かけなかった?」
「かけてない。いい子にしてた。ロロアお姉さんと遊んでた」
少女は口を尖らせている。
「本当に変わったね、その子。あなたたち、まるで姉妹か親子みたい」
ロロアの声に振り返ったイアインは少し戸惑っていた。心の中でまた、悲しみや寂しさを予感させる新しい懸念が育ち始めていた。
「面倒見てくれてありがとう」
「お疲れさまでした。ラナンは?」
「あの子はブリッジで、サブリーダーたちと何かやってると思う」
「もうすぐ、レザム星はステルス状態に移行するでしょ。みんなブリッジの巨大スクリーンで見ようってことになってるの。ラロス系の全監視情報が公開されているのね」
何が起こるかもうわかっていた。あと数時間で母親と永遠に会えなくなる。このままこの部屋でじっとしてその時をやり過ごしたかった。白色矮星が通過したあと、レザム星はまた十一面体を中心にして、残された余生を以前と同じように過ごすのだろう。ただし、アポイサムの街の一部にポッカリと穴が空いているはずだ。
「あなたは見ないの?」
ロロアにそう問われたので「どうしようかな」と曖昧な返事をすると、ルディが「見ようよ」と腕をつかんでくる。
この子に見せて大丈夫だろうか。おそらく白色矮星が通過するだけだと思っている。そこへ、1001号室のカギが開くチャイムが鳴り、ラナンが入ってきた。後ろにはフロリナ・バロアもいる。
「ご主人さま、無事にこの船は出航しました。で、ブリッジのみなさんは、キャプテンであるあなたに来てほしそうな感じでした。でも疲れていると言っておきました」
「ありがとう」
「それから、例の件を首相に伝えました……」
ラナンが話しにくそうにして、一瞬この場にいる全員を見回したが続けた。