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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第四章 終末の詠唱
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「アセンションという人工的な方法でも自然といえるの?」

「いえる。なぜなら、私たちの体を作っている粒子は量子場の励起、つまりピーク()なわけ。その出っ張りを平板な状態に戻す。それが確率波形変換装置の働きの一つ。だから、私たちも元の海に戻るだけ。戻る速度を速めることは確かだけど、決して不自然なこととはいえない。超越的なものから分化した私たちは、いまこそその中へ還るの」

「でも、でも……」

 言葉や概念では太刀打ちできなかった。予想していたとはいえ、あまりに母親の存在は大きくて乗り越えられない。だが、母親とそんな勝負をしにきたわけではない。イアインの心はいうべき言葉を無理やりはぎとられて裸になってしまった。裸になった心が叫んでいる。それに気づくと、とどめなく涙があふれてきた。

「私はあなたに生きていてほしい! お母さん! 今まで反抗ばかりしてきたけれど、嫌いだと思い込んでいたけれど、これだけはいえる。アセンションなんかしないで、生身の、触れられる、生きた体でいてほしい! たとえ近くで暮らせなくても、ずっとどこかで生きていてほしい!」

 心がボロボロになりながらもイアインは自分の思いを無理やりに吐き出した。

 しばらく時間が止まっていた。母親が何かの真実に打たれたような表情を見せている中、娘は手で目を拭き続けた。いつの間にか母親が娘を抱きしめていた。嗚咽を続ける娘の頭が鼻先で慄えているのを見ているうちに、母親の目からも幾筋の涙がこぼれていた。

「あなたがそういうこと言うなんてね。ありがとう。愛情の深い子に育ったのね。嫌われているものとばかり思っていたけれど」

「嫌いよ」と娘が小声で言った。それを聞いてアーイアの顔に微笑みが戻った。

「その愛情を向けるべきなのは何かわかっているでしょう?」

「いま、七歳の女の子を引き取っているの。自閉症気味だったけど、話しかけているうちに、心を開くようになってきた」

「そう。でも、そうじゃないでしょう」

 イアインが顔を上げた。目の周りが赤くはれて、髪の毛が頬に貼りついている。母親が右手でそれを左右にかき分ける。

「人類再興計画?」

「わかっているじゃない」

「あれは、お母さんの……」

「私には無理。何回も言うようだけれど、信者たちがいるでしょう。だからあなたを宗教には近づけなかった」

「私は一緒に宗教活動をやれと言われるものとばかり思っていたけれど」

「そんなわけないでしょう。一度でも言ったことがある?」

 また言葉が出なくなり、イアインは母親の肩に顔を伏せた。しかし、まだ諦められない。

「お母さん、お願いだから、アセンションするのはやめて」

 その答えはなかなか聞こえてこなかったし、答があるとしたら、その内容もわかっていた。

 やがて「駄々をこねないで、聞き分けなさい。あなたと私の運命は違うのよ。私はもうあなたの過去にしかいなくなる。あなたは自分の未来を始めなさい」と柔らかい声が耳元で囁いたとき、運命はどうしても変えられないと悟ったイアインは、母親にめいっぱいの力で抱きついた。

 ずっと後ろでその様子を見ていた小型AIも、うなだれるように立ち尽くしていた。

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