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「よく聞いて理解しなさい。もう我々の計画を止めることは不可能よ。ヨアヒムを停止させる権限を持つ首相にこのことを知らせても無駄。代わりがいないから。バックアップがないから。ヨアヒムを停止してスピルクを排除することはできないし、もしできたとしてもそんな時間はない。新しい超AIを作るしかないの。ヨアヒムが止まったらこの星はステルス状態になれない。矮星と衝突して消滅する。あんなものが惑星と衝突したらラロス系全体も崩壊する。わかる?」
「では、スピルクに中止するように言って」
「お断り。外の様子を見たでしょう。あの人たちを裏切ることはもうできない」
イアインが真正面から母親を見つめて語気を強めた。
「おかしい! 私には受け入れられない。これは集団自殺よ。私はガザリア号でアセンションした人たちと話したことがある。アセンションがどんなものかだいたい知っている。まるで幽霊みたいじゃない。どうしてふつうにステルス状態で矮星をやりすごして、その後に普通の生活をしようと思わないの?」
「普通の生活? すでに私たちは普通の生活ができる普通の人類じゃない。気づいていない、あるいは認めたくないだけで、実はもう滅んでいる」
またイアインはこぶしを握りしめた。こんなに母親に向かって反論した経験はなかった。
「ちがう、少なくともあなたは普通の人間です。それはおそらく私も同じ。私とあなたは普通の人類です!」
「まあ、そうとも言えるわね。あなたと私に限れば」
「あのとき私もスピルク・ライントの言葉を聞いた。アセンションは君が思っているほどいいもんじゃないと言っていた。こんなに多くの人を巻き込んでいいと考えているの?」
アーイアの顔が初めて真剣になった。娘に二歩近づいて、声も柔らかくなった。
「スピルクと話をするのはあのときが五回目くらいよ。彼によると、アセンション後に意識を保つのは辛いらしいの。常に自意識を保っていないと、いつの間にか宇宙に溶け込んでしまうと言っていた。そのほうが楽だし気持ちがいいって。
実は、スピルクはヨアヒムが開発していたあの装置の副作用を検証するつもりで、身を挺してアセンションした。もう老人で先が長くなかったから。
その後、彼の弟子も何人か後を追ったの。その弟子たちは、もうとっくに消滅している。スピルクは、ヨアヒムが間違いを犯さないように、自分が育てた超AIを監視していたのよ。でも、もうそのつらい使命を終わりにしたいと思っているの。それから、外の人たちは本気でアセンションを希望している」
やはり、自分と違って色々なことを知っている。その差にイアインは驚いていた。
「でも、結局それは安楽死じゃない」
「わからない? 人類そのものの安楽死が起こっていることが。新しい人はもう生まれてこない。私たちの用語でいうと、イアの海から励起してピークを迎えた種としての人類は、だんだんと海のほうへ高度を下げているの。私たちが経験しているこの安楽死は自然なことなのよ」