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その言葉がダニメア・ルースのつけていた拡声器を経由して拡散してしまったから広場は沈黙した。アーイアはステージから降りて、娘に近づいた。不満そうな表情を崩していない。
「こっちいらっしゃい。ここだと人が多すぎる」
そう言われて、イアインたちは従った。すぐ近くの居住棟の一階に確保してある教祖さま専用の待機部屋に、母子と小型AIが入って行った。
安っぽいイスが数脚あるだけの簡素な部屋で、教祖さまが休めそうなソファとかベッドみたいな家具はなかった。そこで母親が振り返ると、小型AIが身構えた。前に会ったときは不覚だった。今度はあんな失敗はできないというように。
アーイアは、その様子を見て少し表情をほころばせる。
「なに警戒しているのよ。何もしないし、する理由もない」
しばらく間をおいてから、「で、用件は? あなたが訪ねてくるなんて信じられないけれど。こんなところにいていいのかしらね」と、娘に向かって問いかけた。
「あなたがやろうとしていることがわかった。できればやめさせたい」
それまで黙っていた娘が初めて口を聞いた。その内容をある程度予想していた母親がにんまりした笑いを見せた。
「それは無理。もう止めることは不可能」
「できるかもしれない」
「どうやって?」
「アセンションはあの装置を使うんでしょう? その起動はヨアヒムが行う。ヨアヒムにはスピルク・ライントがとり憑いている」
「うんうん」とアーイアは余裕で頷いている。
「要するに、スピルクがヨアヒムを乗っ取ってアセンションの命令を出すんでしょう?」
イアインは決定的なことを言ったつもりだった。これを聞いて母親が狼狽するとばかり思っていた。しかし、まったくそんなことはなく、アーイアは余裕とも皮肉ともつかない微笑みを浮かべていた。
「それで?」
「このことを首相に言う。そうすればあなたの計画は実行できない」
思わず握りこぶしを作っていた娘は、相手の反応を見た。しかし、何の変化もなかった。
「言えば?」
「いいの?」
「いいよ? 好きにしなさい。そんなことを言いに来たの? そんなことのためにわざわざ戦艦に乗って派手に登場したの?」
言葉に詰まって狼狽えたのはイアインのほうだった。