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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第四章 終末の詠唱
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 そもそも、矮星が黄道面に直角に近い角度で突っ込んできたことは幸いだった。なぜなら、黄道面と平行に通過するよりも、惑星軌道に与える影響は少ないからだ。

 とはいっても、凶星が猛烈な速度で黄道面を刺し貫いたあと、各惑星は中心のラロスの方向へ引っ張られると同時に、軌道上でしばらく上下運動を始める。これを人工的に矯正しないかぎり、ほとんど元には戻らない。上下運動に関しては数億年間は続くと見積もられていた。これは惑星レザムのように精妙な環境の変化を繰り返す、つまり季節のある惑星にとっては重要な問題だった。

 だが、いまは事後の些細な問題はどうでもよかった。レザム星に残っている、あるいは近傍の宇宙空間に避難している人間たちにとって、とにかく巨大な重力源の襲来に耐えなければならない。滅びかけている文明とはいえ、なんとか凶星をやりすごす知恵も技術も持っている。その唯一の方法は、母星も宇宙船もステルス状態に閉じこもることだった。

 ステルス化するタイミングは、矮星と接触するゼロポイントから十二時間前と発表された。そのときにアポイサムの地下に埋もれている装置を起動する。特別な準備は必要なかった。ただヨアヒムが、命令とそれが正規なものであることを証明する量子暗号を送るだけだ。

 一応、アポイサムには疲れ果てた十一面体の住人達を含めて、まだ十万人以上の人が残っていた。そのほとんどは、ザトキスの神官の信者たちだったが、この危機に臨んでもベッドに寝ているだけの、アーイア・ライントや所在不明のナゲホ・ミザムがゾンビと罵った人たちも数万人いた。

 アポイサムの中心にあるモニュメントの前には、神の恩寵を信じてやまない信者たちが早々に集まっていた。広場の周囲の居住施設は、いまや彼らが占拠している。住む家だったら無限に等しいほど存在する都市なのに、わざわざ狭い範囲に集中し、一つの部屋に集団で住み始めている。そこから目と鼻の先にある広場に出かけてたむろするのが信者の新しい生活スタイルになった。

 これを見かねたアーイアの遺伝子的な弟、ダニメア・ルースは、教典の朗読会を開催した。

 数カ月前にアーイアが演説した演台はそのまま残っている。そこでダニメアがじきじきに教典を読んだり、途中で信者の代表が代わったりする。時間は決まっていなかったが、適当な人数が集まっていると、朗読会が始まった。たったいま朗読しているのはダニメア・ルースで、演台の上で教典を開いて立っていた。

《……意志ならぬ意志イアは我々を我々たらしめている力であり、これとあれの間に境界線を引き、森羅万象を生み出す。だがよく理解せよ。注意せよ。境界線は最初にあるのではなく、無数に分化したイアがそれぞれの因果を伴って物象化した結果なのだ。わたしとあなたという現象は、海面で無数に出現する波頭のようなものだ。無限のイアの海の表面で一瞬だけ姿を現して消えていく。これは生物も非生物にも関係がない。森羅万象は意志ならぬ意志イアのゆらぎによって現れた波頭(励起)にすぎない……》

 こんな朗読が延々と続き、理解しているのかしていないのか、群集はありがたい教典の朗読に聞き入っている。

《……イアは言語を持たない。イアには実体がない。だが、イアにはすべてが含まれている。たとえば、イアの大海に現れた一つのピーク(励起)、それが知性だ。それは我々のような自然発生した生物の進化によってさらに励起した。これからも大きく、高く、したたかな高山にまで成長するだろう。イアが自らの言葉を得るために》

 ここでダニメアは朗読を止めた。

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