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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第三章 ラロス系の擾乱
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「以前、あなたには似たようなことを聞いたはずです。ガザリア号の中で。

 人類再興プログラムは任意の惑星の環境やすでに存在する生態系を総合的に分析してシミュレーションを繰り返します。そのシミュレーションにあなたのような完全な人類――つまり生殖能力のある人間のサンプルが必要なのです。

 シミュレーションは、現在のあなたのゲノムを測定してから過去へさかのぼります。数億年後に設定された時間――つまり今のあなたが数億年後に存在するとして逆算し、必要なゲノムを設計します。それをレトロウイルスで生態系に注入して進化をコントロールします。

 実は、ゲノムのサンプルはほかにもあります。かつて生存していた生殖能力のある人類のものが残っています。しかし、それは死んだ情報です。未知の惑星の環境はそのゲノムに関与していません。あなたがその惑星の環境に接することでかならずゲノムにもわずかな変化が現れます。それを解析して最終的なゲノムを予想し、そこから今必要な遺伝情報を確定。遺伝情報をレトロウイルスで生態系にばらまきます。なので、いま生存しているアーイア・ライントか、イアイン・ライントでないと、この役目は務まりません」

 複雑な話だったが、イアインには理解できた。かつて、ガザリア号で誘拐されたとき、ラナンが独立自然主義者に向かって言っていたことを思い出した。ヨアヒムはこのことを冒頭で指摘したのだ。後に知らされたことだが、この発言もヨアヒムによるものだった。

――あなたたちは何百万年、いや何億年もの進化の結果として存在しているのです。人類が再び生殖力を取り戻すには、進化をやり直す必要があります。人間たちや他の生物たちが惑星レザムで原初のDNAを持つ単細胞生物から進化してきた、その何億年にも及ぶプロセスを再び経験する必要があるのです――

 その記憶を元に、いま超AIが説明した内容を考えると、生命や人類が数億年かけて進化してきたプロセスを再現するということだ。その時間の長さに気が遠くなってくる。

「生殖能力を持った人類を生み出すために、数億年の進化を再現するということでしょう?」

 首相が驚いたような顔をした。

「その通りだ。飲み込みが早いな」

「しかし、私は何億年も生きていられないじゃないですか」

「それはもう、AIに任せるしかない。軌道上に衛星を五基打ち上げてそこからレトロウイルスを打ち込む。それはAIが行うことになる。 

 その結果、我々とうり二つの人類が育つか、それとも異形の知性体が現れるのか。それは賭けだ。しかし、賭けに思えるのは我々だけで、異形の知性体が現れたとしてもそれは自然が選択したことだ。いわば神の意志ということだ」

「考えさせてください」

 イアインはうつむいた。降って沸いたような話にしては責任重大すぎる。今でははっきりとあの言葉の意味がわかった。

――あなたには使命があるのよ――

 首相は疲れながらも笑みを浮かべた。

「もちろん、いますぐ実行する必要はない。じっくり考えてほしい。チュートリアル用の資料もV・Rも用意する」

「母親用に作られた計画もあったのでしょう?」

「その計画に必要な船や機械・機材・AIたちの一式は、いまレティピュール星の衛星アポルエ(aporue)の海底に眠っている。衛星の表面を覆う深さ三キロの氷と、その下の水が放射線や磁気から機材を守ってくれる。それもかなり長い年月だ。もっとも、無用の長物になってしまったが」

「そうですか。で、私のはどこに?」

「もし計画を実行する気になったら、この船のブリッジ正面の中央に、小さくて紅い台がある。そこにペンダントを置いてほしい。すべてはAIがガイドしてくれるだろう」

 イアインは胸に二つかかっているペンダントを服の中から取り出した。それを見て首相が指摘する。

「その、エルソア号と君の名前が刻印されているほうだ」

「移住計画と同時に、その計画も進んでいたわけですね」

「伝えていなかったことは謝罪する。それに、移住してからでもこの計画を実行することができる。やるかやらないかは君に任せる。だが、人類の希望、いや、人類の存続が君次第であることは知っておいてほしい」

 首相はそう言い残したあと超AIを連れて去っていった。

 考えてみれば、ずいぶんと勝手な言い分だ。それが彼女の率直な気持ちだった。

 ローカルな現象とはいえ、広大な宇宙空間の中でほんの局所的な出来事とはいえ、このラロス系で数十億年前に自然に生まれたちっぽけな単細胞生物が、気の遠くなるような時間を経て進化した結果、ラロス系に広がる文明を築いた。だが、我々の数千年にわたる歴史も意識も知性も愛憎も、すべてがあとわずかで終焉を迎えようとしている。

 大きすぎる。重すぎる。そんなものをいきなり背負わされて、正直なところ、イアインは押し潰されそうだった。

 ただ、首相は移住してからでもいいと言った。考える時間は十分にありそうだ。

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