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すぐ後ろで副官を務めるバリー・セナジが復唱した。すると、船のAIガスピルが「命令伝達終了。各艦が確認。迎撃地点まで速やかに移動開始」と中性的な低い声質でアナウンスした。
スクリーン上でも外側の船が一つの方向へ組織的に動き始めた。船団の真ん中にはガスピル号が一隻だけ大きな点で示されている。キャプテンシートの男は満足そうにうなずいた。
「うむ。よろしい。各グループは三光秒の距離を保って順次出航せよ」
現在は一列になって出ている無数の船は、白色矮星が近くなってくると半円形の陣形になる。そのとき、半円形の中心点に敵が位置するはずだ。
船団の雲が崩れて自艦の周囲が疎らになった。そろそろ人間たちの乗艦も出航する時間だ。
「では我々も行こう。ガスピルを先頭に残りの五隻も出航せよ」
ルビア・ファフの脈拍数が増える。ゆるやかな加速が始まり、ラロス系の黄道面から仰角八十度の方向へ艦首が向いた。ぐいとイレギュラーな強加速が来ると、シートが変形して艦橋の人間たちを半分包み込んだ。これから数時間は自由な行動ができない。ラロス文明の最先端テクノロジーを集約したような環境の中で、唯一残された不便だった。しかしこの不便こそが生きている証しなのだとルビアは思い直した。
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アーイアの演説後、アポイサムの街には平穏が戻ったように見えた。デモはなくなり、また誰もいない豪華絢爛な街並みが広がった。北の空から降ってくる厄災を避けようと、自らの意志で動ける人たちは、とっくに準光速船に乗っていた。アポイサムに残ったザトキスの神官の信者たちは、教組の約束を信じて静かに最後の時間を過ごし始めた。この巨大で美しい廃墟に暮らしているのは、十一面体に泊まり込む政府関係者か、アーイアが言っていたゾンビたちだけだった。
あの演説で暴露された内容は、イーアライ首相とルミノア・ターナ保健局長を慌てさせた。超AIのほかに人類再興計画を知っているのはこの二人だけだったからだ。
そしてもう一人、女教組の演説で動揺したのはイアインだった。あのあと、依然として静止軌道に浮遊しているエルソア号の中で、小型AIと七歳の少女と一緒に1001号室に引きこもっていた。
そこへ首相とヨアヒムがシャトルで訪れたのは数日前のこと。首相は無理やりに時間を拵え、疲弊した顔でやってきた。五センチくらい垂れているあごひげが、気のせいかヨレヨレになっている。それと対照的に睡眠の必要ないヨアヒムは、いつものように直立二足歩行の手本ともいうべき正しい姿勢で歩いてきた。
1001号室のリビングに首相が座り、超AIはその隣に立った。向かいのソファにイアインが座ると、さっそく首相が切り出した。
「あの演説は見ただろうか」
「ええ。首相たちが来られた理由もなんとなくわかります」
「そうだな。あれだけはっきりと暴露されてしまえば、わからないほうがおかしい」
「でしょうね」
「あの件に関しては、十一面体の中で機密解除をした」
「例の事件を起こしたとき、母親が言っていましたから」
「事件がなければあのときに君に話すつもりだった。なんだかんだで延び延びになってしまった」
「おそらく、母親はすでに私が知らされていると思ったのでしょう」
「うむ。それで……」
「人類再興計画ですか?」
母親がスピルク・ライントに詰め寄っていたときに出た言葉をはっきりと覚えていた。
「それだ。今まで黙っていて申し訳なかった」
「要するに、その計画を私にやれとおっしゃるのですね」
「簡単に言ってしまえばそうだ。しかし、君の自主的な判断に任せたい」
「一つ聞いていいでしょうか。母親は母親自身がやることになっていたと言っていました。これは本当でしょうか」
「本当だ。最初はアーイア・ライント向けに作られたプログラムだ」
「それで、母は信者が増えるにつれて救済したいと思うようになる。その計画を実行することは信者を捨てること。だから私に押しつけたと」
「押しつけたというのはどうかと思うが。とりあえず、君たち母子ではないとこの計画は実行できないのだ」
「どうしてでしょう」
首相がヨアヒムの方を見た。説明しろと言っているようだ。察した超AIが話し始めた。