表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

月見人形ぱっくりと 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 おお、今日はなかなかいい月が出ているじゃないか。

 こうさ、光にあふれている都会だと月の明るさなんて気にも留めないのに、昔から月明りって、歌に詠まれるくらい頼りにされてきたんだよね。一説によると、月光は街灯の五百分の一程度の明るさしかないらしい。いかに昔の夜が暗かったか、想像に難くないね。

 月をめぐるエピソードは地域ごとに特色があって、枚挙にいとまがない。君だってすでにたくさんの話を聞いたことがあるんじゃないかな?

 でも、ずっとこの目に見えていながら、その肌に触れられた人間はまだ一握りしかいない、高嶺の天体、月。売り出し中のアイドルと同じように、明かされていない秘密があると考えるのも、興味関心を引く一要素になりはしない?

 僕の聞いた、こんな話はいかがかな?


 人間、辛いことがあると、それを自分のせいだと認めて、全面的に受け入れられる人ばかりじゃない。言い訳して、正当化して、はたから眺めたら見苦しい行いばかりが目に付いてしまう時もある。だって、すべてを受け止めたら、自分が壊れてしまうかも知れないから。

 そばにあるものでどうにかできないと悟った時、人はしばしば天を仰いできた。空の青と輝く太陽。雲の白さと濁り。夜の暗さと星のまたたき。そして月。どれもこれもが、この手で触れ得ぬものだった。

 天命。いつしか人は、厳しい現実の着地点として、その言葉を用いるようになる。

はるか彼方、届かぬ場所から伝わってくる意志。それが、自分に降りかかる出来事の原因と思うようにした。それは覚悟を決めるためだったかも知れないし、諦観の海におぼれて思考を止めたくなったためかも知れない。

 意図が人それぞれにあるのならば、それよりも大きい地域ごとにおいても、天命の受け取り方は異なるものだったとか。


 その年。年貢を納めた村人たちの表情は暗かった。

 少しでも余裕を持った生活ができるよう、長年、手入れを行っていた「隠し田」が見つかってしまったんだ。今までは見つかっていないから、当然、取り立てに遭うこともなく実ったものはすべて自分たちの懐に入っていた。

 それが見つかってしまったのだから、一大事。本来なら見せしめに何人か処されるところだったが、ここのところは合戦続き。働き手と戦い手をいたずらに損なうのは、良い策ではないと、領主は思ったらしい。隠し田を含めたすべての田んぼに重税をかけて、すべてきっちり取り立てたんだ。

 命までは取られなかったものの、税をかけた領主たちへの不満の声は一気に高まった。もとはといえば、身から出た錆。それでも今までの額を考えれば、大幅増の取り立てに、特に若い者たちは一時の激情に任せ、一揆を起こさんとするくらいの勢いだったとか。

 どうにか説き伏せ、なだめすかした時には、もう夜が更けていた。彼の頭上には星明りを消してしまうほど、明るい満月が浮かんでいるばかりだったという。


「月め。まんまるおめめをひんむいて、我らを笑っていやがるわ」


 ようやく落ち着いたばかりの若い村人の一人が、空を見上げて歯ぎしりしつつ、いましましげにそう漏らす。

 その声に、別の村人が続く。


「俺らがこんなに辛いのに、助けをよこさぬ憎き月。ならば、みんなで食っちゃろう」


 この提案は不安いっぱいだった村人の、はけ口として機能した。言い出しっぺの彼の案は、人を模した小さなわら編みの人形を作り、月を食べさせる仕草をすること。人形の顔に目鼻はつけず、ただ開いた口だけ作る。それを枝先にくくりつけ、各々が空にかざして、浮かぶ月を人形にくわえさせる。

 そしてこんな歌を唱えながら、あたかも食べていくかのように、じょじょに人形を月へと重ねていくんだ。


 月見人形ぱっくりと、夜にそろそろ起き出して

 月見人形ぱっくりと、見上げた空に白い月

 こんなに辛い夜ならば、食べてしまおうあの月を

 月見人形ぱっくりと、今宵はお前と二人きり


 歌い終わりと共に、月をすっかり人形で隠してしまえば、それで完了。それぞれの恥や辛苦を見ていた月は、人形によって食べられてしまった。

 人形を外して出てくる月は、何も知らないうぶな月。自分の不満をここで洗い、気持ちを改めようという意図がこの仕草に込められたみたい。

 そして月を食べた人形は、村の柵周辺の地面に枝ごと刺される。すべての村人が一斉に行ったものだから、村の四方の最前線は人形に任された形になってしまったとか。


 それからは村全体で辛いことがあった時以外にも、個々で耐えがたいことがあると、村人たちは新しく月見人形を用意して、歌と共に月を食べさせた。

 けがに、病気に、いさかいに。はた目には些細な心労に思えることがあっても、人形の数は増え続けたらしい。数ヶ月後には、もう柵の外は人形たちでいっぱいになっていたようだ。その異様な光景は、異様な出来事をも引き出すようになったらしい。

 まず、戦を知らせる領主からの使者がやってこないこと。それ自体は平和な証かも知れないけど、当時は落ち武者狩りなどで、暮らしに潤いを持たせようと考える者が大勢いた。戦がないということは、穏やかながら「ひと山を当てる」可能性がないことともいえて、いささかやきもきする者もいたとか。

 加えて、土地を追われた流民の類も、入ってこなくなった。戦時には領主から兵となる者を出してほしいと、依頼を受けることになる村々。そこで年季を盾に、外からやってきた新参者を積極的に戦働きへ送り出して、村本来の生産力を守ることがほとんどだった。

 そのような「鉄砲玉」の存在も、いつくるか分からない戦のために備えておきたいという本音が、みんなの心の中にはあったとか。

 そして極めつけには一年後。毎年やってくるはずの、年貢の取り立て役人すらやってこなかったんだ。去年は隠し田さえも探り出す執念深さを見せた、件の役人たちが、だ。

 

 村の中で相談が成された。これは自分たちの誠実さを試しているのではないか、と。昨年の自分たちの罪科を流せるな否か。

 催促されず、自分から年貢を納めにいけば、昨年の件は完全に許される。もしも、自分から向かわずに役人たちが来てしまったら、今度こそ去年の「つけ」を払わせる。そのような腹積もりではないか、と。

 結果、代表者が選出され、村中が納める年貢を乗せた手押し車が何台も用意される。彼らは村から歩いて数日かかる城まで、夜を徹して急ぎに急いだのだとか。

 そうして疲れた身体に鞭打ち、城へと年貢を運び込んだ彼らは、役人たちに取り囲まれて質問攻めにあう。中でも「どこにお前たちはいたのだ?」というものが大半を占める。

 お戯れを、と思った彼らだが、役人たちの目は真剣。きっと村へ何度も足を運ぼうとし、それがかなわなかったのだろう。例年に比べ、全然訪れない外部の者のことを、村の者たちは思い出していた。

 もしそれが、村に来なかったのではなく、来られなかったのであれば……。

 

 彼らは身体を休めたのち、役人たちに案内を乞われて、元来た道を戻り始める。道中に変わりはなかったものの、村まであと一里近くというところまでたどり着いた時。

 目の良い村人の一人が、村の辺りに森ができている、と皆に伝えてきたんだ。驚く村の者に対して、役人たちは動じなかった。その急にできた森ゆえに、我々は村にたどり着くことができなかったのだ、と役人たちは語る。

 そんなばかな、と思う村人たち。ほんの数日前に出発した村は、周囲に高い木をほとんど持たない、見晴らしの良い場所だった。しかし、足元からかの密林へと入っていく道は、確かに村へと続いているものに違いない。

 一同は道のままに森の中へ踏み入った。しかし、道はすぐに途切れてしまい、葉同士の擦れ合いや獣の泣き声といった、自然の気配がまったくない。更に歩みを進め、ようやく視界が開けたかと思うと、そこは自分たちが先ほど足を踏み入ったはずの、森の入り口だったという。

 

 すでに陽は暮れかけており、村人たちの背中にもぞわぞわと冷たいものが這いあがってくる。

 この暗さでもう一度入るのは危ない。明るくなってから出直した方がいい、と一同が相談を始めたところ、森を振り返っていた一人が「あっ」と声をあげて、人差し指を突き出す。

 みなが指の先を追うと、森全体を覆わんばかりの大きな球が、森の上空に浮かんでいた。まばゆいというより、ほのかに青白く光る様は、さながら月のごとくだった。

 更に目を凝らしてみる。月を思わせる巨大な光球の中には、鳥のように空から見下ろした、村の景色が映し出されていた。田んぼ、家屋、その間を縫うように行き来する、ノミと大差ない大きさの人や家畜たち……。

 球は少しずつ、空へ上っていく。映る景色を視認しきれないほど、球が高くに上ったところ、森全体がぶるぶると震え始めた。

 次の瞬間。森のてっぺんを形作る梢たちが、その中心から、左右に大きく分かれていく。初めて音を立てながらひとりでに動く森は、まるで大口を開けたかのよう。

 その口が左右の端まで開ききったかと思うと、「ズワ」と音を立てて森が飛び跳ねた。上がり始めた月を捕えると、開いていた口が今度は一気にバクンと閉じる。

 そのまま糸で引かれるように、地面に落ちてくる森。来るであろう強い衝撃に、みんなは思わず身構えたけど、その予想は当たらない。

 森は地面に着いたとたん、揺れひとつ残さず、ぱっと消えてしまったんだ。残ったのは大きくえぐれた地面を除けば、村人たちが見慣れた彼方の山々が、連なっているばかりだったんだ。

 

 村人たちは語る。あの時の森の姿は、月見人形の口を開いた姿にそっくりだったと。

 

「月見人形ぱっくりと、今宵はお前と二人きり。俺たちが不満を月にぶつけていったように、大地もその不満を俺たちの村にぶつけたのだろうな」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルはちょっと可愛い響きですが、かなりシビアで濃厚なお話でした。 最後歌になぞられて、ぱっくりされる光景は壮大なスケールでとても面白かったです。 月見人形をそのままではなく、お焚き上…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ