4話 不穏の塊は砕けない
「──! ──!」
「…………」
声は届かない。それは気絶によって起こる要因。それでも何度も、何度でも何かを叫び続ける者は気絶した人を呼び起こそうとする。
「──! ──ぇ!」
「(……何を……言ってる?)」
声は届く、されど言葉は届かない。意識が極細の糸のように辛うじて繋がっている。
声の主はその意識の糸を太くするように、何度も言葉を叫び続ける。
「──……なえ……! さなえ!」
「……ぁ、すわ……こ……様……?」
言葉は届く。気絶という名の眠りから完全に目覚めた。早苗はまだぼーっとしてるようで何があったのか理解が追いついて無い。だがそれよりも──
「早苗……! 良かった……! 良かった……!」
「──!」
早苗が元に戻ったことが何より良かった。諏訪子は涙を溢し、早苗を抱擁する。まるで自分の子どもが戻ってきたような、そんな感覚……。
* * * * *
時は五分ほど刻まれる。
その間に諏訪子は早苗に何があったのかを説明した。
「え~っと、つまり私の意識は乗っ取られ……諏訪子様と神奈子様を……へ? 攻撃……してしまったの……ですか?」
聞いた言葉を早苗なりに解釈していた。
そしてそれを理解すると──
「すいません! すいません! 私が不甲斐ないばっかりに!」
自分の罪を自覚して何度も深々頭を下げて謝罪する。最もそれは霊夢たちにもすべきだが、今さっき目覚めたばかりでそれは野暮なものだ。
「まぁ、いいよ。早苗もミシャグジも無事だったんだから。……でも、神奈子がまだ起きないんだよな」
諏訪子の心配――それは神奈子が目覚めていないこと。『黒』を纏った早苗に殴られ吐血までしたが、このまま死ぬほどヤワじゃないことを諏訪子は知っている。それでも放置という訳にもいかないので障子が破れた本殿で休ませてる。
「あー、神奈子のことはその……悪いが後にしてもらえないか。できれば異変が起きた事の経緯を話せばうれしんだが、話してくれるのぜ?」
魔理沙は我慢ができずに話を持ちかける。普通であれば無謀だと思えた。当然早苗は――
「そ、それは駄目ですよ! 神奈子様は諏訪大社の神様の一人なんですよ。それを後回しにだなんて──」
「──いや早苗、今は神奈子を起こすことよりもこの異変を解決することが先決だよ。それほど今回の異変はヤバいはずだ」
早苗は即座に否定したが諏訪子は肯定。もちろん早苗は諏訪子の意見を尊重する。
「諏訪子様がそう言うならいいですけど……」
「……早苗も疲れてるだろ。神奈子の世話がてら休んでた方がいいよ」
「……! 分かりました、諏訪子様がそうおっしゃるなら!」
早苗はアホ毛をぴょんこぴょんこしながら守矢神社の本殿に向かった。
「……これでいいのか、カイ?」
「あぁ、早苗が落ち込んだら困るしな。何よりあの黒のオーラが出るときの条件がまだ分からない。もしもまた条件を満たして、もう一度早苗が襲いかかってくるかもしれないしな。暫く安静するのが吉だ。諏訪子だってもう早苗となんて戦いたくはないだろ?」
カイは予感していた。そしてそれを諏訪子に話していた。それは早苗がまだ完全には『黒』が再発する可能性だ。
カイは確かに『黒』を取り除いた――正確には『黒』にカードを移行させたが、それは初めての体験だった。つまり『黒』について完全には把握できてない。そしてどうしたら『黒』は再発するのかカイが考えた結果、ある条件によって発生すると仮説した。その条件は場所、もしくは感情が起因していると話した。そのため早苗は本殿にいて、見守ることが安全だと考え、協力を仰いだ。
諏訪子はカイの言葉を聞き、
「あぁ……それは嫌だ。もう戦いたくは無いな……」
「お腹空いてきた……。カイ、何か食べ物ない?」
霊夢は自己中並の発言をしてるが、これはお腹が空いてるのが原因だ。解決方法は当たり前だが食べ物を与えることだ。
「んー、とりあえず飴あげるから我慢してくれ」
カイは『飴を手から出し』霊夢に渡す。もちろんカイ自身の手から生成してるわけではない。
カードの世界をかなり小型で展開する。そこのカードの世界で保管していた飴を取り出したという寸法。
カードの世界はいわゆる四次元ポ○ットのようなもので無限に広がっている。因みにカイは戦闘時、それを一時的に貸してもらって役立てている。
「んっ、ありがと。意外と美味しいわね」
霊夢は少し満足げな顔をしながら飴を舐める。
「そろそろことの発端を話してもいいか?」
諏訪子の声は少し重かった。それほど諏訪子のショックは大きかったんだろう。
「どーぞ」
「あぁ、いいぜ」
「いいわよ」
三人からの合意を受け、諏訪子は事の経緯を話し始める。
「実は、早苗は一週間前に熱を出してね。最初はただの熱だと思ってた。だけど全く熱が引かなかった。そして三日前ぐらいにね……急にお腹を見てくれっていったんだ。医者でも何でも無い、私と神奈子にだ。で、見たら……お腹は『黒』色になっていた。私はこの状況が分からなくて神奈子と相談して、文に永琳を呼んで守矢神社に来てほしい、早苗の危機だからって言ったんだ。でも……帰って来た天狗が言ったのは『永琳も同じ病にかかっていて、診ることは不可能です』、そう言われたんだ。私はこのとき理解したんだ。誰かが異変を起こしてる。それも幻想郷を脅かすほどの。だけど、そんなの考えたところで早苗の病気は治らない。それで私は霊夢に異変解決の依頼を考えた。報酬はお金を渡す条件でね。元凶のヤツを倒せば早苗が治せる方法が見つかると思った。そして霊夢たちが来たと思ったらいきなり立ち上がるんだよ。感動したさ、もう大丈夫、助かったんだって。だけどそれは夢だった、私の空想だった。早苗は何も言わず神奈子を殴った。それも鬼が殴る威力より強い力でね。もう……地獄だったよ……。……でも、アンタらのおかげで助かった。…………こんな感じだ」
諏訪子は自身の心情が混じりながらも最後まで事の経緯を話してくれた。
「ありがとう、諏訪子。さっそくで申し訳ないがひとつ知りたいことがある。昨日の早苗には『黒』の部分がお腹以外にもあったよな、おそらくだけど。その部分を教えてほしい」
「……確か、上半身は肩ぐらい。下半身は太ももだったかな?」
それを聞いたときカイはピンときた。
「──恐らくだけどそれは黒死病だ」
身体が黒くなり熱がある。それはカイの知識で考えれば黒死病以外はかんがえられない。だから『恐らく』、と付け加えてカイなりの答えを出す。もっとも、お腹から黒くなるのが黒死病ではないが、強いて言うなら黒死病だろう。
「何? ってことはカイは治し方を知ってたわけ? 早苗を見殺しにしようとしてたの? 私たちを誑かそうとしてたのか?」
妙な空気が張り詰める感覚がした。
諏訪子が何故か混乱し始めてる。現に病名を知ってるだけで、まるでカイが早苗を早く治せてたという言い方をしている。早く治せたなら許せない、そんな冷酷な瞳と言葉が今の諏訪子にはある。
カイはこの場を収めようとする。それは──
「──俺は幻想郷にいた思い出しか残ってない。外の世界の思い出が無い。でも外の世界の記憶は覚えてる。黒死病は俺がいない時代に大流行したものらしい。つまり黒死病を治す方法を知るわけが無い。知り得ることができないんだ」
「……そうなんだ…………。あれ……私今おかしかったよね?」
「あぁ、おかしかったぞ」
カイは見事諏訪子を混乱状態から元に戻せた。
その理由は諏訪子は混乱しても相手について一生懸命考えてたから。
諏訪子はもともとサイコパスではない。会話は普通に通じる。しかも話の意味をしっかり聞き入れてる。カイはそれを利用。
少し、主旨から外れることで諏訪子に主旨が違うと認識。その後に諏訪子の質問に答える。それで諏訪子自身も自分の質問の言ってた事がおかしいと思わせるのだ。そして諏訪子は一生懸命考えるので狂気から正気に戻せる、と考えたのだ。とはいえ、一時しのぎにしか過ぎない。そのため──
「……諏訪子、お前も黒死病にかかってるんじゃないか? もし良かったらお腹を見せてもらえないか?」
これが最後の一文だけであればただのセクハラだが、そうじゃないことは諏訪子だって承知してる。だから──
「──あぁ、分かったよ」
承諾して服を自分からめくり、お腹を見せる。そして、
「やっぱりあったな、『黒』が……。魔理沙と霊夢は少し離れてくれ」
「りょーかい」
「(飴玉おいしいわね……)」
霊夢は飴玉を口の中でコロコロしてるらしく、コクりと頷くだけだったが離れてくれた。
「じゃあ治すぞ。カードの世界は……使わなくていいな、黒の部分も小さいし」
「なるべく早く終わらしてくれよ。なんか恥ずかしいから……」
「そうする。……セイクリッドカードをサモン。ターゲットをキュア」
ルー語みたいな言葉を喋るカイだがこれにはワケがある。
カイはカードを司るとき、中二病のようにして喋ったりしなければならない。ちなみに、飴玉を取り出すぐらいなら中二病にならなくてもできる。
「……治った?」
「あぁ、多分な」
『黒』は消えて、諏訪子は安堵する。
「カイ、黒死病ってなんなのぜ?」
「俺の知ってる範囲だったら熱が出て、身体が黒くなる、こんぐらいだな。黒死病は今かかることなんて殆どないと思うが……」
「でも……早苗は発症した……。それはどう説明をつけるワケ?」
諏訪子の至極当然の疑問だが、カイは答えることができない。なぜなら知らないからという一言にかぎる。
だが、その疑問に答える者がいた。
「それは裏幻想郷の影響だよ」
声だけが聞こえ、姿は見えない。だが、どこから現れるかのめぼしは簡単につく。姿は見えなくとも紫の境界が見えていたから。