最終話 異変の終わり
「チルカード発動! 凍黒『ブラックフリーズ』!」
『黒』を消滅に至らしめる氷はルーミアに放たれる。
だが、
「……効いてない……!?」
「当たり前だよー。私はサグメじゃないんだよ? サグメの『黒』じゃなくて、ルーミアの『黒』。根本的に違うよねー」
『黒』は操者によって変異を可能とする。
今の状況を表すなら、例えば、耐性菌が該当する。
本来、抗生物質が効く細菌が蛋白質や酵素の突然変異によって抗生物質が効かなくなるというのがあるが…………まさに、『黒』はこれに似たような変化を数秒で可能にしていた。
チルノの氷は『黒』に対する抗生物質だ。
しかし、『黒』そのものを変化させれば、チルノの氷は役割を果たさない。
ルーミアは微笑しながら、
「さてさてさーて、チルノちゃんと私は一緒に、以心伝心できるよーに一つになろーね。ペストカード発動! 黒纏抱『ネグロイドホールド』!」
「ぁ……」
チルノは『黒』に抱かれる、巻かれる。侵食される。チルノの身体を蝕み、そして貪る。
広がる、侵食が、辛さが、気持ち悪さが、飽くなきまでの『黒』の侵食が、ゾッとして、怖くて恐くて、畏れを抱いて『黒』に抱かれる。
だが、
「……なんだ、また分身なのかー」
チルノは氷を用いて分身ができる。
また幻術なのか!? というある有名な漫画の一場面であるように、チルノはまるで自身の氷を幻術のように、操作する芸当が可能だ。
さらに、
「チルカード発動! 氷増身『広大無辺分身』!」
「――チルノちゃんのその技……、私が生きてるときは見たことなかったんだけどなー……」
氷がどこからともなく現れ、際限なく広がり、チルノの氷分身は無数ともいっていいほどルーミアの回りを埋め尽くす。
さらにチルノの分身が攻撃だと判った霊夢たちは一斉に攻撃をする。
「スペルカード発動! 霊符『夢想封印』!」
「スペルカード発動! 恋符『マスタースパーク』!」
「スペルカード発動!本能『イドの解放』!」
「スペルカード発動! 『幻朧月睨』!」
「スペルカード発動! 奇術『エターナルミーク』!」
「ソードカード発動!二刀操『ジ刀・カタパルト』!」
追い討ちをかける。
そしてカイも、
「スペルカード発動! ……偽・恋符『マスタースパーク』!」
カイの能力はカードを司る程度の能力だ。
一度見たスペルカードであれば、真似することは可能だ。欠点として発動時間が少し遅れるが……。
スペルカード、さらにはチルノの氷分身が突撃し、ルーミアは絶望の淵に立たされ――、
「ライカード発動! 嘘扱『ライ・アクト』!」
彼女は絶望から逃れる。そこに自分がいないという『嘘』によってそこから逃れる。
そして、現れたのはチルノの氷分身――その一体の目の前。
そして攻撃する氷分身の攻撃を避けて首を持ち、
「ライカード発動! 嘘扱『ライ・アクト』!」
何かを嘘にした。
何を嘘にしたのかと言えば、
「がっ……!?」
氷分身ということを嘘にした。
これによって本物のチルノと氷分身は入れ換えられ、本物のチルノの首がギリギリと、音を立てるかのように絞められる。
「チルノちゃんとは一緒にいたかったのに、……攻撃してきたチルノちゃんが悪いんだからー…………殺してあげるね……!」
『黒』を伸ばしてチルノを再び『黒』で満たそうとする。
這い寄る、『黒』が。取り込まれる、『黒』に。徒に嗤う、ルーミアが。
すべてを、多くの事象がチルノの中で廻って廻る限りを尽くす。
痛くて、けれど暴れることはできない。それは『黒』が神経を乗っ取り始めているから。
『黒』には逆らえない。逃げられない。捕まえられて、そのままどうにも、どうしようもできない。
何かが可笑しくおかしくオカシクなって、何かが異常に異質なものとなって襲ってきて何かが――、
「ルーミア……アタイ……は……ルーミアのために……アンタを殺す……!」
正気を保ち、自身の目的を口に出す。
「おかしよーチルノちゃん。それだったら私のために私を殺すってことだよねー。矛盾してるんじゃないかなー?」
「アンタは……ルーミアじゃない…………」
「うーん、確かに死んだけど私はルーミアだよー?」
考えを汲めないことで理解を交える線は存在せず――平行線となる。平行線は、永遠と伸ばしても、伸ばし続けても、絶対に交わることはない。
チルノはチルノで、ルーミアはルーミアで、それぞれの考えが、変わり過ぎた故に起きた問題であった。
彼女たちは永遠と分からない。残酷で、悲劇的な現実を知り得ていない。
チルノは目の前のルーミアをルーミアだとは思ってないし、ルーミアはチルノとかけ離れていたからチルノではないと勝手に思っている。
「やっぱりチルノちゃんじゃないんだね……。チルノちゃんを模倣したやつは許さない――」
チルノの身体に『黒』をさらに侵食、そして口腔へと入れる。
チルノはもはや声も出ない。呼吸を辛うじて行い、涙が溢れる。
そして、その涙を起こすことを可能とする目に、『黒』を入れ始める。涙さえも溢れなくなる。
苦しい、痛い、悲痛な叫びは上げられず、しかし激しい痛みが身体を支配する。本能的に、暴れようと、涙を流そうとしているのに、『黒』に拒まれて、そして――、
「死ね……! 偽物のチルノ――」
「スペルカード発動! 虚移紙『テレポーター』!」
「……えっ……? 何々? どういうことー?」
カイとチルノは入れ換わる。
虚移紙『テレポーター』は、指定した紙と紙を入れ換える『カード』だ。
さらに、紙が何かに触れていればそれも交換対象に入る。
チルノには既にカイのカードが貼られていた。そしてカイは自身のカードを手に持つことで、このような入れ換えを可能にしたのだ。
ルーミアの近くには、今、カイしかいない。
巻き添えになる人いない。だから――、
「カードの世界」
カードの世界を作り出して自身とルーミアをその世界に閉じ込める。
「これって『黒』が吸収される空間ってこと?」
ルーミアは理解していた。
別の――橙やサグメの『黒』が、コレに苦しめられていたのを知っている、というよりもなんとなくだが理解していた。それは記憶から理解しているようなものだった。
「でも、私は『嘘』も扱えるしー、問題ないよねー。しかも私を倒すには、長い詠唱? なのかな? それをしないとダメなんだよねー? その間に貴方は殺せる。……ってことは、貴方は死ににきたのかなー?」
いくらカードの世界にいるカイでも詠唱なしでルーミアを殺すことはできない――馬鹿正直な殺しかたはできない。
「死ににきた、……そうかもな。だけどな、後悔はしていない。俺は、幻想郷に来る前はクソみたいなチーターをやってて……、そのせいで死んだ」
「何を言ってるのかなー?」
ルーミアと同等の意味不明な発言をして、しかしそれは真実、嘘偽りのない真実だ。
「だから俺が生きるのはここらで潮時ってやつだ」
「…………なるほどねー……皆に死に際を見られたくないから、こんな世界を用意したんだねー。分かった。貴方を殺した後、嘘で簡単に抜けだけるけど、貴方の死は何も言わないであげるよー」
「……ありがとう」
カイはお辞儀しながら、お礼する。
「うーん、そんな畏まらなくていいんだよー? まぁいいや、死――」
――ね。
そう言いたかったが、カイが拒む。
「カードの世界について、最後にひとつ、教えてやるよ」
「……?」
不思議だった。カイは死ぬと言っているのに、ルーミアの攻撃を、死に至らしめる行動を拒んだ。
ルーミアは若干訝しげな表情をするが、取り敢えず、聞くようにした。
「カードの世界ではすべてをカードとして扱うことができる。気体、液体、固体はすべてカードと見なされる。さらに俺はある程度小さな物ならカードから生成できる」
「……何が言いたいのかなー?」
何を言ってるかは理解できたが、何をしたいのか解らなかった。
だから、カイを殺すという千載一遇のチャンスを逃した。
「……ここのカードの世界、それを“すべて爆弾に変えた”!」
「――! 死ねぇ!」
ルーミアは『黒』を作り始めようとしているが、遅い、あまりに遅すぎた。
爆弾が異常な轟音を鳴らしながらカードの世界を蹂躙する。
爆風という言葉さえ生易しい、そんな爆風がカードの世界を支配して。カイとルーミアの身体を貪り尽くして、彼と彼女は消滅した。
異変は――黒死異変は終わりを告げた。
あと、エピローグで終わりです。




