41話 セルフデッドライン
「レミリア・スカーレット参上よ!」
「……私もいるんだけどね……」
現れたのは紅魔館の主――レミリア・スカーレット。
そして、月の頭脳の持ち主――八意永琳だ。
「なんでテメエらいんだぁ? 黒死病にしたからこねぇと思ったのに、なんでこっちに来る? ――私は『表』に行って一部始終を見て、コイツらは来ないって盗み聞きしたんだぞ!? 意味がわかんねえ……!」
困惑する表情をし、自分の聞いたことに自信を失っている。
それに紫は微笑し、答える。
「簡単よ。『紫の約束』があったからよ」
「……あぁ!? 確かに『紫の約束』なんてのは突拍子もないもんはあったが永琳もレミリアも言ってたぞ――『紫の約束』は異変に協力者を寄越すって意味ただろ!? お前らはこっちに来た素振りはなかったじゃないか!?」
「貴女がその約束の本当の意味を知る必要なんてないわ」
『紫の約束』
紫の約束は幻想郷に来た妖怪――特に大妖怪と呼ばれるにふさわしい者、もしくは永琳など特別なものに予め教えられる約束だ。
その内容は、幻想郷の異変解決に尽力するために最低身内の一人に協力させろ、ということ以外にもうひとつある。
それは、紫が『紫の約束』を教えたときに知った場所に向かうこと。また、出来る限り誰にもバレないで行くこと、という条件がある。
この約束事で、レミリアと永琳は指定の場所に行った。そこで紫に会って今回の異変を聞き出した。そして、紫の境界で裏幻想郷に移動していた。
「まぁいいさ。紫が嘘吐くなんてことは昔から知ってるさ。大切なのはそのあとだっ! 如何にテメエらをいたぶるか――!」
一瞬で目の前に永琳が現れた。それ故、言葉を止めてサグメは避ける。
「ライカード発動! 虚空『イマジンスペース』!」
サグメは消える――といっても本当に消えたかと問われれば答えるのは難しい。
なぜなら、サグメは自分一人ギリギリが入れる『嘘』の空間を作り出して逃げたからだ。
――一回立て直さねえとアイツらなら殺されかねない。特に今目の前に現れた永琳、アイツは危険だ。能力が強すぎ――
「私が危険って言ったかしら?」
「がはっ゛!?」
永琳は虚空間にいるサグメを認識し、殴っていた。
サグメはなぜ、『嘘の空間』にいるのに殴られたのか分かっていない。
そしてそれどころか、永琳はサグメが考えていた思考まで読んでいたことを理解していた。
「テメエ……! なんで心まで読んでんだ!?」
「私が心読めるなんて当たり前だとは思わないかしら?」
永琳の能力――あらゆる薬を作る程度の能力。
これを利用し、彼女は『身体能力強化の薬』、『心を読む薬』、さらには『能力無効の薬』を作り出し、飲んでいた。
効力としては一日ない程度だが、サグメを倒すにはなんら差し支えない時間だ。
さらに――、
「スペルカード発動! 神槍『スピア・ザ・グングニル』!」
レミリアの数多くの弾幕は、形状を変化されながら集約される。そして槍となりサグメに放たれる。
「――っ!」
サグメは紙一重で避け、地面に足を――、
「あ?」
地面に足を着けることは叶わない。
なぜなら、地面の代わりにあったのは紫の境界だったから。
「私の存在を甘く見た。その時点で貴女は負けなのよ、サグメ」
「ふっざけんなっ! 散々仲間に攻撃させて、オイシイとこもっていってさぁ! どれだけクソなんだお前!」
紫を罵倒し、罵声を浴びせ、感情に訴えようとしているサグメ。
しかしそれは滑稽だ。助からず助けられず、それなのに、情に訴える。そこにメリットは何もない。
紫の境界に足が入った今、抜け出す方法はない――あるひとつを除いて。
――足を切断するしか……!
足を切断すれば紫の境界に飲まれなくて済む。
そう思ったサグメはすぐ行動に、
「させない――!?」
思考を読み解いた永琳はすぐ止めようと、サグメのもとに飛び出たが……、遅かった。
すでに、無意識的に『嘘』を吐き出したことによって作り出した刀で、足を切断していた。
足を切断……と言っても膝から下、それも片方だけ。ただ、もちろん痛さは常人であれば尋常ではないし、出血も異様で奇怪な月の民の血を、ドロドロと嘔吐のごとく自然と吐き出していく。
しかしサグメは関係ない。
既に痛みには『嘘』を吐いていて、物理的痛みは何も感じない。
どんなにボロボロだろうが、千枚通しが身体に何回も貫かれようが、焼き殺そうが、決して痛みはない。
さらに、
「ライカード発動! 嘘扱『ライ・アクト』」
嘘を司り、足を切断したことを無かったことに……、
「……なんだよ……なんだよこの状況はよぉ!!」
「……滑稽ね……」
サグメの足は切断によって既に紫の境界に飲み込まれている。
だから、足を戻そうとすれば紫の境界に飲まれる。
即ち、自滅である。
「っざけんなっ! 私は仲間のためにもテメエらを殺さなきゃならねえ! 死ね! ライカード発動! 嘘扱『ライ・アクト――」
「ボーダーカード発動! 神境『神威』!」
紫は、紫だけは、幻想郷と裏幻想郷の住民である。
故に、『表』のスペルカードも、『裏』のスペルカードを使える。
そして今使用したスペルカード。これは紫の境界の表面に引力を働かせ、対象のものを紫の境界内に閉じ込める技だ。
サグメは喋れない。それほどの引力。逃げようとしても逃れられず、逃れることは許さない。
「裏幻想郷から……往ね……!」
喋ることの出来ぬまま、裏幻想郷のサグメは紫の境界に飲み込まれた。
「…………はぁ……」
紫は安心感を得て、息を溢し、突っ伏した。
永琳はそこに寄ってきて、
「珍しいね紫、貴女がそこまで疲れを見せるなんてね」
「……それよりも、永琳。貴女……霧の湖に早く行ってくれない……?」
「……仕方ない、行くよ。アンタは大変そうだしね。……その前に、薬で体力もろもろ回復できるものを持ってきてるが、いるか?」
そう言いながら永琳は薬を取り出すが、紫は首を横に振った。
「ありがとう……。でも使うなら、霧の湖に行った者たちに使って。レミリアは私を見守っててほしい……。今の状態だと満足に『カード』も発動できないし、私の境界も使えないからね……」
「しょうがないわね。私が守ってあげるわ!」
紫の指示に従って永琳は霧の湖に、レミリアは紫を護る。
異変は確実に終幕に近づく。嘘という異分子が除かれれば、という話だが。




