3話 序章の終わり
「…………」
「え?」
諏訪子の困惑した感情は思わず声に出ていた。それもそのはずだ。諏訪子の想像していた状況はミシャグジが早苗に操られる、または操られないとしか考えていなかったからだ。だが、どれだけ考えていてもこの状況になることを予想することはできないだろう。
「ミシャグジ……が……なんで……」
ミシャグジは早苗の黒のオーラに覆われ、白を基調とした色は少しずつ『黒』に蝕まれる。
ミシャグジは抵抗する意思を見せているが、間違いなく身体は『黒』に毒され始めていた。
諏訪子はその姿を見て絶望し、その場に立ち尽くす。
「あぁ……」
「…………」
『黒』の進行は速く、尋常でないほどの速さでミシャグジは『黒』に侵される。そしてミシャグジは──完全に『黒』にされた。
ミシャグジは完全に早苗に操作されていた。神の存在を操れるのはいくら現人神であろうが有り得ないと言っても過言ではない。
神奈子でさえも過去、諏訪を支配しようとした時、ミシャグジをコントロールしようと試みたが不可能だった。
その強大な存在を完全な支配下に置いた異質さを放つ早苗はその神を力の限り振るう、無惨に極悪に非道に悪辣に……。その結果、ミシャグジを諏訪子に襲わせる選択を無意識的に行う。
「……っ」
声にならない声とはこのようなことかと諏訪子は感じる。今まで支配できた神に今度は支配され、殺される。そして、その選択をした残酷な相手は最も親しみがある現人神──早苗だ。否、早苗を操ってる幻想郷の住人でもいるんだろう、と無意識に考えを巡らせていた。
──どうせミシャグジからは逃げられない。この距離、速度、何よりも……心が折れたよ。一瞬にしてどうしてこんな酷なことが起きるのかね。
諏訪子は諦め、一歩も動かない。ミシャグジは距離をぐんぐん縮めていく。
諦めた者は案外、どんな結末でも受け入れる。
幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ。
誰かはそう言った。
誰かは言う。
「諦めんな! 諏訪子!」
「──ぶへっ!」
魔理沙は箒の速度を最大にして諏訪子を盗むような勢いで捕まえて空に逃げる。
急に腹に右ストレートを喰らったかのような衝撃を受けた諏訪子は変な声を上げた。
「大丈夫のぜ? 諏訪子?」
「──大丈夫なわけあるか! うっ、吐きそう……」
と、言いながらも若干だが余裕があったりする。
「これでいいよな、カイ! 早くやっちまえ!」
「あぁ!」
いつの間にか時間稼ぎは終わってたらしく、霊夢も魔理沙たちと同じく空にいる。
何故、空にいるのか? それはカイの技は少し危険な部分があるからだ。カイの能力──カードを司る程度の能力は弱点がいくつかある。
一つは発動時間がかかることだ。『カード』という曖昧さをカイの頭の中で状況に応じて変化させる、カードを操る範囲が広ければ広いほどその範囲が曖昧になりやすいなどだ。
そして空にいるのは一番最後の理由だ。指定範囲ギリギリにいれば霊夢たちも被害に遭う可能性が僅かながらある。それを避けるために空にいるのだ。地面にいたら被害を受ける可能性がある。
カイは目を凛々しくし、技を発動する。
「カードの世界」
瞬間、無数のカードが現れる。それは辺りに散らばり、東京ドームぐらいの大きさとして顕現する。これでカイは大技を放ってもカードの世界の外側にはなんら影響は無い。
カードの世界が完全に展開されたのを確認して大技を放つ。
「黒より白く、白より白き我が下部よ! 人を汚し 、神をも支配した傀儡に白き制裁を! ホワイトディスティネーション!」
カードは無限に溢れだし、さらには全てを操作可能にする。そしてカードには『黒き者に制裁』の意図を込め、白のみのカードをイメージ、生成し、増殖させる。それを『黒』にくっつける。つまり──早苗とミシャグジの全身にカードが張り付く。
「…………」
「抵抗する意思は……無しか」
カイの言うとおり『黒』を纏う現人神と『黒』に支配された蛇神は反撃どころか抵抗する意思も見えない。
そのまま『黒』は『カード』に吸収され、早苗とミシャグジは元の色に戻っていく。そして──
「とりあえず一段落かな」
完全に元の色を取り戻した。
カイはそれを確認してカードの世界を解く。カードの世界は崩壊し、守矢神社に戻る。
だが、それはこの異変の序章に過ぎない。これ以上足を踏み入れるなら幻想郷の深淵を見なければならない。




