38話 揶揄
黒に包まれた世界――サグメの世界に、いつの間にかカイは潜りこんでいたようで、そして今、こいしの目の前でサグメが作った楼観剣で切り刻まれていた。
「えっ……?」
「カイ……カイなの?」
二人は困惑。いきなり現れたカイはいきなり切り刻まれその場で倒れたのだ。悲しみより、呆然という感情が優先された。
「あん? こいつ……『イレギュラー』か? 幻想郷にしかいないってヤツか?」
サグメは疑心する。自分の世界に勝手に入って勝手に死んだ、そのことに疑心する。
そして解答に導かれる。
「なんだこいつ死にたかったってことかな? そうだよね、じゃなきゃこんな馬鹿で阿呆な真似するわけないし」
それは完全に間違った答え。
「ただなぁ、こいつとは色々と用があったんだよなぁ。まぁ……このイレギュラーは倒しにくいはずだし生き返らせるのはそれはそれで骨が折れるから生き返らせるのはやめに――」
――するか。
そういいたかったはずだろう。しかし――、
「俺は生きてるぞ、裏幻想郷のサグメ……いや、黒幕と呼んだ方がしっくりくるな」
その声は切り刻まれた場所とはまったく別。そして、サグメはそこを見て、声を聞き、カイが生きているという理解。それ故、サグメの表情は壊れる。
「なぜ……なぜ、なんでどうしてどうやって! こんな奇跡みたいなことを起こしてやがるんだ! ここは私の世界で! お前は死んだ! それなのに! それなのに……――」
サグメは一時、眉間に皺を寄せる。しかし何かを悟ったのかその皺は消え、不敵に嗤う。
「――まっ、もう一回殺せばいっか――」
その発想は完全に狂者の類い。異常で異質で怪異的なまでの人格破綻者。そして――、
「――ライカード発動! 嘘扱『ライ・アクト』!」
「――――」
カイは一瞬、何も変化は起きていないと感じていた。しかしすぐに間違いだも気づく。
「咲夜たちが……いない……」
さらにカイは手足を動こうとしたが、四肢を固定されていることに気づく。
それに気付き狂者は愉悦を感じたのか不気味に口を開き――、
「そうそう、君のそんな姿が見たかった。君は幻想郷の中でもっともイレギュラーだ。それをよく知りたい。君の過去を、『嘘』が取り除かれた真実を見せてくれないかな?」
「真実も何も、俺は俺だ。真実なんてどうでもいいし、今はまったく関係ない、そうだろ?」
その問いかけに対し、サグメ即断で――、
「そうは思ってない。いや、むしろ真実を見られたくはなきと思っているのだろう? それが、人だろうが妖怪だろうがなんだろうが誰だろうが! 真実は必然的自身の心の中で視てる、無意識に思う、思ってしまう。そうは思わないか?」
怒涛の口答えにカイは――、
「…………」
沈黙する。
「なんだ、だんまり決めてやがるのかぁ? まぁ、それもあと少しだ。ライカード発動! 虚否実『心視』」
カイの心は覗かれ、過去が、知られたくないものがサグメに見られる。
そしてサグメは自身のカタルシスを味わうために悪辣に嗤い、語りかける。
「こいつは傑作だな。そもそも幻想郷にきてしまった理由がイレギュラーすぎて笑えるな」
眼を見開きカイの目の前でそんなことを話したのだが、
「…………」
「だんまり決めてもこれは心理学を使ったわけでもなく能力だから黙るメリットなんてないんだぜ。――そう黙るな、萎えるだろ? いや、たとえ黙ったとしても萎えるほどではないな。むしろ面白い、面白可笑しく、今にも嗤ってしまいそうなほどだ」
今にも、というかすでに嗤ってさえもいる裏幻想郷のサグメ。そこに善なるものは何一つして残っていない。だから辛辣に悪辣に悪癖に会話――一方的な話を継ぎ、
「――お前は現実世界ではクソみたいなチーターだった、違うか?」
カイに問いかける。
「…………さぁ」
「そんな曖昧な返事をしても無駄だ。すべてはもう、見透かされているんだからな。お前は人に負けるのが嫌いな過去をもってて、憂さ晴らしをするかのように対戦相手にチートを使い、チートで敵を倒し、遂には妨害工作にまで手を出したクソ野郎! クズ中のクズだ!」
「……っ」
表情が引きつる。それは真実だと理解できる要因で。だからサグメは嗤いながら――、
「そうだよ! その表情をもっと早くそして長く永遠と見せてくれよ! 私が見たかった表情をもっと見せてくれ! そのために『嘘』で騙しにくい紫を騙して! 幻想郷の協力者の裏幻想郷のやつらに『嘘』を植えつけて幻想郷のやつらも『嘘』と『黒』で塗り固めてやったんだから!」
自分からネタばらし、それでも善な心を持たないゆえ、愉悦に優越に浸れている彼女を見れば誰でも以下のことを思う。
「……屑がっ……」
「クズで結構だけど少なくとも幻想郷のやつらには言われたくないな。お前らクソどもは自由を貰ったのに、私たちは『自由』をくれなかった、そうだろ?」
唐突に話されたその『自由』の内容にカイは、
「……はっ?」
そうと答えるしかない。
しかしそれはサグメの禁忌に触れる。
「あ? 言ったろ? というか話したろ、というか紫に話すようにしたはずなんだけど? まさか忘れたのかこのクズ……! 私が操った紫にしゃべらせただろ? 『裏から表には行ってはいけない』、それを話すように仕向けたはずなんだけどさぁ。もしかして言ってないのか? あるいは聞いてないのか? この不条理な事実を聞かされてないのかぁ?」
「あー……違う違う。そのことは聞いてたさ。ただあまりにも俺の考えてたことと違ってな。お前にも分かるように言ってやるから耳かっぽじってよ~く聞け」
その言葉を聞きサグメは疑問。しかしどうでもよくなる。この状況ならいつでもカイなんて簡単に殺せるのだから。
だから、
「あぁ、聞いてやるさ。聞くだけ得だからな」
そうはっきりと言った。
カイは深呼吸。何故深呼吸が必要なのか定かではないがサグメには関係ない。しかし、何度か深呼吸したことにサグメは訝しげな表情になる。
そしてカイは口を開き――、
「ただ時間稼ぎをしたかっただけだ。カードの世界」
「はっ?」
呆然。愉悦に浸っていたが故に簡単に許してしまった時間稼ぎ。その現実をいきなり叩きつけられればこうなるだろう。
サグメは見くびっていた。甘く見ていた。カイという存在そのもの自体を軽く扱っていた。
黒だけのような世界に『カード』は――白は――光は発生し――、
「黒より黒く成り果てた『嘘』の色に我が制裁を与え、この歪みある世界から逸脱し、正なるもとへと帰還せよ! 我が望むのはこの『嘘』に塗りたくられた世界の崩壊なり! 穿て! ライアウト!!」
サグメとカイ、そしてそれ以外はすべて黒になっていた世界は『カード』が入り雑じる。そして『カード』がサグメの世界を支配する。
そしてサグメの世界は崩壊した。
「ふ……ふざけるな……! こんなことで私の世界が崩れるとか有り得ない!!」
「それが今、有り得ているんだ。現実を見ろ、馬鹿」
サグメの世界は崩壊し、もとの場所――名も知らぬ森に戻ってきた。




