36話 嘘
「――……?」
彼女は目覚める。
辺りを見渡そうとするのだが、すぐに辺りを見渡すことを諦めた。
理由は、すべてが黒に塗りたくられ、目の前も横も上も下も何もないように感じてしまったからだ。
そしてもうひとつ理由がある。それは何故か四肢が動かせない。これによって真後ろは見ることは不可能。
さらに浮遊感さえも覚えるような無重力さがある。
明らかに異質としか考えられない光景と体験を受けていた。
「どこなのよ……ここは……?」
困惑な表情を浮かべる銀髪のメイド――十六夜咲夜は考える……、しかし原因は分からない。何故原因が分からないのか? それは――、
「やぁやぁ、初めまして、だね」
「――!?」
驚愕すべき情況に咲夜は襲われた。
それは咲夜に瓜二つの奴が目の前に現れたからだ。
咲夜の驚く表情を舌触りするかのように凝視、そしてクスりと笑って『――』は口を開き――、
「あぁ、これかい? 君が驚きそうだった真実を見たから試してみたくてね。私はそんな好奇心を試してみたい、そう思ったんだ。まぁ、だから……というのはおかしいけど、――私は裏幻想郷の咲夜、という訳ではない」
「じゃあ……誰なの?」
「私の正体バレてもいいの? もしかしたら裏幻想郷のレミリアでした……なんてこともあるかもね? それでも知りたいの?」
『――』は唐突に、しかし咲夜の弱点である部分を狙って精神を削ごうとしてきている。
もしも裏幻想郷のレミリアだと咲夜は分かってしまえば心酔した主をもう見たくない、極論的に考えてしまえばそうなる可能性だってあるだろう。しかし――、
「お嬢様はお嬢様よ。たとえ裏幻想郷のお嬢様でもこんな訳の分からないことなんてしないわ。絶対に」
その瞳は冷徹で、確固たる自信が有るように見える。
その瞳を見てからか『――』は嘲笑しながら、
「フフフッ……。なるほどね、面白い批判ね。でもそれは妄想、妄信的なまでの強引な意見ね。私の正体は――」
咲夜から変化、咲夜の身体、体躯は消滅し、新たな姿が形成される。
「――レミリアその人なのだから」
笑い、狂い、狂いに飽けるほどの狂いで笑い、笑い続けていた。
それを目の前で見た咲夜は絶望の顔にされ――る訳ではなく、むしろ溜息をつき、言葉を吐く。
「……やっぱり偽物ね」
「そんなわけないじゃない! この姿こそが私の本来の姿! レミリア・スカーレットなのよ!」
狂い、それながらも自身がレミリアと誇張した姿を見て再び呆れるように溜息した。
「……違うわね。貴女はお嬢様じゃない。そして恐らく貴女は嘘がとても好きなようね? 違うかしら?」
「……なぜ?」
「さっき私に化けたなら他の誰かにも変身できるのは明白……、だから貴女がお嬢様という可能性は極めて低い。そしてそのことを含めると既に二回嘘をついている」
あまりに冷静な咲夜に対し、『――』は気圧され――、
「――……よくわかったね。確かにそう、そうだね……。私は咲夜でもレミリアでもない。でも、誰かは分からないだろう?」
「…………」
「黙り……か。それほど私がレミリアになっているのに怒りを覚え、狂って狂いを心の中で尽くしてるのか? ……あぁ、言ってなかったことがあったけど……というか気付いているのか? まぁいいや。アンタの四肢は動かせない」
「ええ、知っているわ」
あまりにも落ち着きながら話すことに『――』は少し違和感を覚え――、
「知ってるならなんで焦りを覚えないんだぁ? 常人なら冷や汗をあり得ないほど浮かべてよく分からない私に倒される、というか殺されるとまで思われるんでしょうけどね、フフッ。そして私はそれを実行する、しないはずがないんだよ! それは私がカタルシスとして味わう最高の事象で! 楽しくて愉しくて悦びに浸り尽くして尽くしを限るから! ――でもアンタと、そして鈴仙というヤツは安心しろ、殺しはしない。人質にはするがな」
「それは……たとえどんなことがあろうと、殺しはしないということかしら?」
「そうだ、もちろんだ。何故そんな質問を――」
するんだい?
そう言いたかったのだろうが、それよりも先に咲夜は言葉を紡いでいて、
「天の邪鬼。それもかなり上級の地位になれるような……、それが貴女の正体……違うのかしら?」
それは咲夜が今までの『――』の言動を見て思った、そんなこと。鎌かけで、ほぼ直感的に答えた。何故かは分からないが、そう無意識的にだが感じた。
そしてその言葉を聞き、先ほどまで異常な会話をしつつもまだ、マシな程度に思わせたその感情、表情、そのすべてが壊れた。
「……なぜ知った? それが一番早く気づかれるのは紫だと予測してたから、わざわざ死ぬような思いで紫に精一杯の『嘘』を吐いて退散させるように仕向けたのに、なにこれ? 今までの仕込みは全部意味がなかったの? 妖夢と一人の霊夢に『嘘』を仕込んで、こんなに私が幻想郷のヤツらをぶっ殺すように考えたプランなのにぃ? 咲夜というヤツを捕らえただけでこんなにもなぜ、情報が分かる? ありえない! あってはならないし、絶対にこんなこと起こしてはいけない!理不尽だ理不尽の理不尽による理不尽さだ。ある程度私は自我を保ってるのになんだぁお前ら屑どもは? 解答を得てるだけのクソどもか? 死ね、死ね。焼死しろ凍死しろ壊死しろ頓死しろ餓死しろ、すべての死を味わえクソ野郎ども」
「…………」
咲夜は何も言えない。言える情況ではない。これ以上何か話したら禁忌に触れ、死ぬ。そんな感覚を持っていた。
時間がある程度経過し、『――』は口を開く。
「……でも、よくよく考えてしまえば分かってしまうのかもしれない……な。嘘の能力が私の能力って。だがどのようにして分かった? その質問に答えてもらおうか? 直感的にでも、鎌かけでも構わない、とにかく答えてくれ」
「……断る、そういったら?」
「殺す、それだけさ」
支離滅裂してる『――』は気味が悪い、悪すぎる。もはや異常という言葉では語れないような、それほどの逸脱した存在。それに怖じけない咲夜は肝が据わり過ぎているが。
「そう……。わかったわ。では答えましょう」
「勿体ぶらないでくれ、早く答えてくれ」
瞳は壊れているように感じ、『――』が『嘘』によって変身した偽りであるレミリアの外形は壊れ始める。それほどその答えに夢中になっていた。よって視野は狭まっている。
「答えて! 答えてよ! 早く、早く答えて!」
さらに異常さは増す。
眼が増えたと思えば口が消え、耳が消えたと思えば口が復活、さらには歪になりながら口は増え、それは化け物であるようにしか感じとれない。
さすがの咲夜もこれには驚くが関係ない。『――』を倒せば恐らくこの地獄から解放されるはずだ。そう思い、『――』の質問に答える。
「貴女の能力が分かったのは……私が『無意識』にそう思っただけだからよ」
――わたし、メリーさん。
「――!?」
どこからともなく声が聞こえる。その声は咲夜でも『――』でもない。
――今貴方のね……。
「――どこからっ!」
『――』は振り向くが誰もいない。素早く上下左右、ありとあらゆる方向を確認した、にもかかわらず誰もいない。
――貴方の後ろ――目の前にいるの!
「――!!」
『無意識』――こいしは『――』の目の前に現れ、刃物を振りかざし、振り落とした。
『――』の血は滴れ、模倣していたレミリアの外形は完全に崩れ、真の姿を見ることなく死んだ。




