33話 trust and lie
時間が経てば経つほど『黒』は進化することを知った今、ウドンゲは焦っていた。しかしそれに反して咲夜は驚くほどの冷静さを保っていた。
いや、もしかしたら狂気の沙汰かもしれない。それほどの発言を次の一言で思わざるをえなくなる。
「私は少し時間を空けてから霧の湖に行くべきだと思うわ」
それは狂気の沙汰に見えてもおかしくない。
「だ・か・ら! それをしたらダメじゃないの!? 咲夜!」
先ほどの会話から意味不明な結論にたどり着いているようにしか見えない咲夜は、ウドンゲから見てもやはり異常としかみえない。
「確かに、時間が経てば不利になると言ったわ。でも今のままではルーミアには勝てない。だから――」
銀髪をかきあげ、再び言葉を紡ぐ。
「――援軍、つまりは霊夢たちを待つのよ」
その言葉を聞き、ウドンゲは思ったことをそのまま口に出していた。
「霊夢たちは今どこにいるかも分からないのよ!? どうやって探すの!?」
至極当然な疑問だ。本来であれば『にとりの機械』で連絡でも取れたのだろうが、何故か幻想郷との通信が取れない。それは霊夢たちも同じ、そう無意識ながらも考えていたウドンゲがいた。
「だから、探すんじゃないわ。待つのよ」
「待つ?」
その言葉に疑問を抱くウドンゲはキョトンと首を傾げながら顎に人差し指を当てる。
「ええ、待つのよ」
「……もしかして、霊夢たちはちゃんと霧の湖にたどり着けると思ってるの? ルーミアが霧の湖にいる情報を霊夢たちは聞けていると思っているの?」
「そうよ」
その一言にウドンゲは呆れる。理由は簡単なことで――、
「……咲夜……、仲間を信頼するのはいいけどどれだけ待っても来なかったらどうするの!?」
「来る、必ず来るわ」
「――――」
真剣な眼差しがウドンゲを貫くように見ている。それは紛れもなく、冗談めかしく話していない、そんな目だ。
それを見たウドンゲは溜息を溢しながらも――、
「……分かった、咲夜を信用するからね」
「えぇ、信用していいわよ」
そこに冗談は何1つない。あるのは信用、信頼、それらの一方的な要求のようで、しかし、これまで培ってきた『信』なるもので、とても一方的なものではないことが知れる。
「……それで、霊夢たちが来るまで何か話した方がいい?」
「まぁ、そうよね。話すべきだと思うわ。時間を無下にするなら少しでも有益になる話をするべきよ」
咲夜の言葉を受け取ったからか、ウドンゲは少し肩の力を抜く。
「そう……ね。それじゃあ…………また、ルーミア対策について話し合う?」
少し時間をおき、導き出した考えはこの局面であれば恐らく正しいだろう。
「ええ、私もそう考えてたわ。それで、だけれど……、さっきウドンゲを助けたとき、覚えてる?」
忘れるはずもない、忘れてはならないのだ、あんな失態を侵したのに助けたことを、こんな短期間で忘れていいわけがない。しかし、その失態故にまだ自身を責めているようなウドンゲは――、
「……はい……」
魂が入っていないかのような返事をしてしまう。
だから咲く夜はニヤリと笑いながら、
「鈴仙、いつまでクヨクヨしているのかしら。また私がスカートを捲って差し上げましょうか?」
「そういうときばかりに敬語使わないで!」
鈴仙の元気を取り戻した声を聞き、咲夜は笑みを浮かべた。
「フフッ、その勢いよ鈴仙。貴女がそんな弱気になってどうするのよ。弱気になっては出来ることもできなくなるわよ」
「……そう……ね。うん! 私頑張るよ」
グッと両手の拳を握りながら、紅の瞳を咲夜に向ける。恐らく、自分を鼓舞するためにそんな動作を無意識にしたのだろう。
しかし、しかしながら、彼女はふと何かを思い出したのかすぐにその動作を止めた。
「そういえば、ルーミア対策についてほとんど話していないような気がするんだけど、何かあるかな、咲夜?」
「……正直難しいわね。時止めが使えないなら私の役目はほとんどないから」
そこに咲夜は謙遜などを入れた気は毛頭ない。
なぜなら、自身のタネなしマジックが効かないのなら、それは能力を封じられたことに繋がるから自分の出番はもうないのだとそう思ってしまっている。
「でも咲夜、あのとき――私が『黒』に、捕まれてた……?って言えばいいのかな……。あのとき助けてくれたじゃない? そのときに使ったスペルカードを使えばいいんじゃないの?」
ウドンゲは指摘する。それもそのはず、『黒』に殺されかけたとき、咲夜は助けてくれた。それは完全に自身の能力を使用、もしくは利用していたことが容易に判断できる。
それをすればなんとかなるのでは、というその質問に咲夜は首を横に振りながらも答える。
「ダメよ。あのとき鈴仙を助けたスペルカードはあの『黒』に突っ込むことぐらいはできるかもしれないけれど、そこから帰る――つまり、脱出はできないのよ。飽くまで感覚的にそう思っているだけなのだけれど」
「つまり咲夜のあのスペルカードは片道切符しかなくてそのまま『黒』に呑み込まれるのね。……イマイチ釈然としないね。スペルカードの効果時間がそんなに短いの?」
「結果的にはそうなるわね。正確に言うなれば、まだそのスペルカードを使いこなせないから効果時間が短い、ということなのだろうけど……」
「じゃあ、他にルーミアを倒す手段は……?」
「あるわ」
その 即肯定したことがあまりに突然だったのでウドンゲは驚嘆していた。が、その言葉をしっかり聞き届いていたので、冷静を少し取り戻してから聞き始める。
「それは……なに?」
「簡単よ。私がスペルカード――ディメンションモーメントでルーミアの場所まで行き、ルーミアを殺すのよ」
「ころ……す……」
その言葉は覚悟はしていたが実際に、再び聞くとゾッとしないような、幻想郷の住民としては殆ど聞くことのない言葉。残酷で非道のように感じるその言葉を発した咲夜は真剣であり、そこに冗談は一切感じられない。
「殺すのよ。でないと私が死ぬわ。……幻想郷で暫く時間を過ごしていたからもしかしたら多少の躊躇いは出てしまうと思うけれど、……殺るのよ」
そこに、二人の間に言葉が流れることは自然の摂理のように無いものとされる。
「「…………」」
故に二人は黙る。気まずい、それも多少はあるかもしれないが、それよりもルーミア討伐に光が差したのは間違い無いこともあるかもしれないが、何よりも普段との幻想郷の出来事とは大きく異なる。それ故に会話という会話も打ち切られ、もしも第三者が見ていれば嫌悪の仲のようにしか見られない空気が漂う。
沈黙は続く……と思われたが――、
「「――!」」
突如、ある程度離れた場所から大きな音が鳴る。その音を奏でた主は自然と二人が解っていた。
「マスタースパーク……。魔理沙たちが霧の湖に到着したようね。私たちも行くわよ、鈴仙」
「……はい」
名も知らぬ森を抜け、咲夜たちは再び霧の湖に戻る。
だが、このとき戻ることもできないことに気づいたのは『――』に囚われてからであったことを二人はまだ知らない。




