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裏幻想郷 ~黒死異変~  作者: ザ・ディル
裏幻想郷 ~黒死異変エンド~
32/50

31話 苦戦


 霧の湖――本来であればそこには青々とした綺麗な湖が一面に広がっているが、今現在はまったくもって異なる。なぜなら、水面と呼べるのか定かではないが、目の前に見える水面は黒の色をしている。その黒は『黒』で、忌々しいものであり、害、災厄をもたらしめるもの。当然、排除しなければならない。

 そのために二人は『黒』に近づく。そこにルーミアと思しき者は見当たらない。あるのは、見えるのはただただ異質な『黒』だけだ。

 

 

 「スペルカード発動! 奇術『エターナルミーク』!」

 

 「スペルカード発動! 幻朧(ルナティック)月睨(レッドアイズ)!」

 

 空にいる状態からスペルカードを発動し、『黒』に密度濃い段幕を打ち放つ。段幕ごっこであれば反則級であるほど異常に密度濃い段幕だが、それさえも『黒』には無下にされる。

 

 「「――っ!!」」

 

 『黒』は自身の一部を変化、その一部は『黒の球体』への変化を遂げる。そして密度濃い段幕にぶつかり段幕のみ消える。

 それだけならまだいい、最悪なのはその後だ。

 『黒の球体』が咲夜たちに向かってきている。しかもその速さは異常、そして多量である。

 

 「避けて!!」

 

 咲夜は激しく声を上げてウドンゲに避けることを促す。当然、咲夜は『黒の球体』から逃れる。

 咲夜は『黒の球体』に触れてしまえば、ナイフなら――物であれば操られてしまうことを知っている。そして人や妖怪はまだ触れられてないから分からないが、触れてしまえば操られる可能性もある、それを危惧して発言した言葉。

 

 ウドンゲは咲夜の言われるがまま避けていた……が、

 

 ――避けきれない……!

 

 あまりにも『黒の球体』の量が多すぎで、回避を取れるスペースを見失った。故に咲夜の指示を反故にする。

 ウドンゲは段幕を放ち『黒の球体』を破壊――、

 

 「えっ……?」

 

 段幕は『黒の球体』には当たらなかった。それ故、呆然。なぜ、『黒』は段幕を透き通ったのか。それは『黒』が『――』に侵食されかけているからだ。

 

 「鈴仙!」

 

 「――!」

 

 咲夜の声。それは、明らかに動揺している声で、震えている声。焦り、焦燥を抱くことを強いられていた。

 

 そして、ウドンゲは気づいたときにはもう遅かった。

 『黒の球体』がウドンゲに向かってきたのだ。情報をほとんど知らないウドンゲでも直感せざるを得ない。

 

 ――避けられなかったら――ヤバい……!

 

 どのようなことが起こるかは判然としてないウドンゲだが、いつも永琳の傍にいて、そしてその永琳が黒死病という『黒』に支配されかけていたのを見ていたから知っている。何を知っているのかと聞かれれば、

 

 ――私は『黒』に取り込まれたら助からない。

 

 『黒』は異常で異質、そして驚異的な存在だ。それはあの永琳でさえも支配されかけるような驚異的さである。当然、畏怖の対象かと問われれば肯定しない者はいない。それほど恐ろしい存在だ。だから、

 

 「――っ!」

 

 気合で避ける。気合で避けると言えど、それは頑張って避けるとほぼ同意であるからそれはもはや自分を鼓舞(こぶ)してるだけのものかもしれない。

 そんなことをしても『黒』に当たる可能性はもちろんだがゼロではない、(むし)ろ半分、5割を越える確率で、『黒の球体』に触れる可能性がある。それほどの『黒の球体』の密度なのだ。

 圧倒的な量が眼前から肉薄してくる『黒の球体』を刹那の状況判断をし、無意識的にしかし正確に避ける。

 

 ――これならっ……! 全部避けきれる!

 

 確信的にそう思った、そう思ってしまったが故、緊張が、集中力が欠けてしまう。それでも避けれると勘ぐってしまったからだ。

 しかし、それとは裏腹に――、

 

 「――っ!」

 

 避けれ無い。そのような考えが出てしまうほど絶望な状況に至っていた。

 『黒の球体』の量が先ほどの倍は増えていた。先ほどでも避けるのはかなり困難だったのだから、それが2倍といえるほどの量になれば誰もが思うだろう――避けれ無い――と。

 そもそも2倍の量にまで至れば逃げれるスペースさえも消える、それほど目の前が『黒の球体』だけで覆われてるような感覚だ。それはもはや目の前だけ見ればおびただしいような質量の『黒』が迫っている錯覚を起こすほどだ。

 

 ウドンゲは数瞬の間で妙案が浮かび、すぐさま実行に移す。それは……後ろに退けばいいという、ただそれだけの、単純なことだった。そして咄嗟に踵を返す動作をして『黒』から逃れようとする。飛ぶ速度を速め、出来る限り『黒』から離れるように、急いで、急いで。

 10秒は経った。そう感じたウドンゲはふと気になってしまう。

 

 ――そう言えば咲夜は……?

 

 鈴仙、という言葉を最後にし、それ以降、特に音さえも発していなかった、そんな気がする。だから気になってしまう。咲夜が今、どこにいるのか。

 それ故、ウドンゲは後ろを振り向いて咲夜がいるかの確認をする。万一、咲夜があれほどの『黒の球体』を避けきっているのであれば助け、一度離脱はしておきたい。そんな考えが無意識ながらもウドンゲの中にはあったのだろう。故に、無意識に、なんとなくで後ろを向く。当然、それは逃げる速度が低下することに繋がる。そんなことをウドンゲを考えていなかった。故に失態を侵してしまう。

 

 「うっ……」

 

 思わず声が漏れる。

 結果から話せば咲夜はいなかった。それはウドンゲからの視点では咲夜は見当たらないほど離れたことを意味しているだろう。

 だが、だけれど、だけれどもその考えはどうでもよくなっていたウドンゲがいた。その理由を答えるのであればその考えをするほどの心の余裕がまったくと言っていいほど、余裕が消えていた。

 

 足が『黒』に捕まれていた。先ほどまで『黒の球体』が異常に増え、『黒』に見えただけだと思っていたがどうやらその考えは間違っていたらしい。そのときから『黒』としてウドンゲを追っていたのだ。しかも『黒』は変化し、『黒の手』となり、ウドンゲの足を掴んでいた。

 

 「――っ! ……ぅ……ぁ」

 

 振りほどこうとして足を力強く振るが、ここは空、つまりは地を蹴る力がない。だから振りほどこうとするその力は弱く、振りほどけない。それだけならまだいい。

 『黒』はウドンゲの足を伝わり、上半身までも蝕もうと這い上がる。その蝕みが異常に苦しく、思わず喘ぎが漏れかける。

 それでもウドンゲは必死に抵抗する。段幕で『黒』を攻撃するが、消滅できるのはウドンゲの艶やかな体躯に触れようとしかている『黒』だけで、既に触れて身体を蝕んでいる『黒』には効かない。その理由は単純で、自身の身体に段幕を撃つ行為ができないということだ。

 

 「……くっ……」

 

 『黒』は侵食を止めることは一切せずに、ウドンゲに侵食していく。それ故、再び、息を荒げながらも酸素を求る生存本能。さらに本能が『黒』を拒否するので身体が『黒』から離れようと体力を異常なまでに使ってしまう。しかし、その行為は『黒』にとって無意味同然。『黒』は固体であり液体でもあるのだ。身体に侵食し始めるときは液体のまま、そして完全に侵食すればその侵食が絶対に破られないかのように固体へと変化する。これは曖昧である『黒』の存在だからできる芸当。普通であればこんなことはできない。

 

 「……っ、……ぁ」

 

 胸の辺りまで『黒』が侵食していく。もはや抵抗さえも満足に行うことを許してくれず、それに気づいたウドンゲは大量の冷や汗を浮かべ、その後自身が『黒』に完全に乗っ取られることを考えてしまい戦慄。そしてその運命から逃れようと再びもがく。

 

 ――師匠もこんな辛さを味わっていたと言うの……!?

 

 思考が入り乱れ、様々なことを考えてしまっているウドンゲは師匠である永琳の辛さを痛感していた。

 だが、それはそうだと認識したところで、もう、どうにもならない。

 

 「ぁ…………」

 

 顔まで『黒』に侵食しかかっている。息をすることさえ(まま)ならない。

 絶望

 希望など見つからなかった。完全に侵食されるのも時間の問題。

 故に、諦めていた。だが――、

 

 「スペルカード発動! 世外『ディメンションモーメント』」

 

 不意に声が聞こえた。それはウドンゲのよく知っている人物で、一見堅物のように見えるかもしれなくて、でも堅物とはほど遠いこともよくしている、そんな人物だ。

 

 「……っ! ――はぁ……はぁ……」

 

 身体が、何か、別次元に行ったのではないかというほどの浮遊感を得ていた。だけれど、すぐにその不可思議な浮遊感は消えていた。

 それとほぼ同時に息を吸えた。そして不思議とそこまで息苦しさがないことに気づいた。普通ならあれほどもがいて暴れるように動こうとすれば息苦しさは尋常ではないだろう。

 

 「鈴仙! 大丈夫!?」

 

 「……助かった、大丈夫よ咲夜」

 

 ウドンゲは平静を見せ、咲夜に大丈夫だと訴えた。

 咲夜はそれでも心配している表情が窺える。それ故の行動なのか――、

 

 「……一旦離れるわよ」

 

 「えぇ……」

 

 霧の湖を離れる。

 弱々しく、返事をする。それは明らかに戦意喪失した、そんな声だった。

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