2話 奇怪な『黒』
早苗は静かに一歩、また一歩と歩き出す。その向かうところは霊夢たちだ。異様な存在感を放つ早苗は何をするのかまったく分からない。
故に霊夢たちは強制的に神経を研ぎ澄まさなければならない。
理由は至極簡単。早苗に殺されかねない。今の早苗の攻撃であれば、身構えの一つでも取らないなら、すぐ死に至る。そう勘が訴えていた。そしてその勘はすぐに当たる。
黒を纏っている早苗は歩みを止める。直後、纏っていた黒の一部を乖離させ、球体に変化させる。それが何十回も行われる。
そして、その球体は急な加速を経て霊夢、魔理沙、カイのもとへと一直線に向かってくる。
「おっと」
「──っ!」
「──!」
魔理沙は箒に乗って球体から逃れる。霊夢は陰陽玉を顕現し、黒い球体を防ごうとした……が、不可能だった。何故か陰陽玉をすり抜けた。
この球体が霊夢に当たればどうなるかは分からない。もしかしたら即死攻撃かもしれないのだ。それを危機していた霊夢だが、避けることは不可能だ。球体の距離が近すぎて、避けれる距離ではない。しかもそれが複数あるのだ。だから霊夢はその球体の攻撃を受けるしか──
「──?」
球体の攻撃が不発、もしくは攻撃性が無く毒のように蝕むモノかと霊夢は予感したが、すぐにそうではないことが判った。
カイが黒の球体を消したのだ。その証拠に霊夢の周りには『黒くなったカード』が何枚かあった。
これはカイが『つくった』カードだ。カイは自身のスペルカードだけでなく、他の者のスペルカードを『つくる』ことができるのだ。当然、同じカードも作ることも可能だ。それ故に弾幕ごっこに関して言えば最強の部類だ。先ほどの球体は弾幕ごっこのルールに反しているが、何故カイのカードで球体の攻撃を防げたのか霊夢は判断できなかった。
「やっぱりな……。霊夢! 魔理沙! 悪いが時間を稼いでくれ!」
カイは何かを察して二人に指示を仰ぐ。
「あぁ、分かったぜ」
「ええ、分かったわ」
二人は了承し、直後に魔理沙は行動に移す。
「スペルカード発動! ブレイジングスター!」
箒の後ろ部分から青色の光が出て箒の加速を促し一気に早苗に肉薄する。当然、今の早苗がそれを良しとするはずがない。
早苗は先ほどの黒の球体を作り出し、魔理沙に向かって放つ。だが魔理沙はギリギリでその球体の攻撃を回避し早苗から遠ざかる。そして再び──
「スペルカード発動! ブレイジングスター!」
再び早苗に肉薄する。
魔理沙は陽動役として早苗の注意を引いている。それは時間稼ぎとして最も効果的だと言ってもよい。そして──
「ホーミングアミュレット!」
追い討ちをかける。追尾機能がついた数十体のお札を操る紅白巫女──霊夢は魔理沙のアシストがある程度可能だ。
魔理沙はよく調子に乗って危険な行動を起こすことが多い。そのため常になんらかの保険を用意しなければ早苗に殺られかねない。
……だが一つ霊夢は疑問を抱いていた。この札は早苗の黒い球体に当たるのかという疑問だ。なぜなら先ほど陰陽玉で守ったときは黒い球体が陰陽玉をすり抜けたからだ。
そんな疑問を解消すべく試しに三体の札を早苗に向けて放つ。早苗はこちらを一瞥する程度だった……が、早苗の黒いオーラはこちらに敵意を剥き出しだ。黒いオーラは膨れ上がり、霊夢の札にそのオーラが触れ、そして札を飲み込んだ……かのように見えたが霊夢の札はそのまま黒いオーラから抜け出し、早苗に直接当たる──
「──っ!?」
ことは敵わなかった。いつの間にか霊夢が意図して操れていた札が、操れなくなっていた。同時に霊夢はゾッとする。何故かは分からないが、札は反旗を翻し、霊夢に向かって突っ込んでくる。
当然、霊夢は避ける。だが──
「はぁ!?」
思わず声に出す。無理もない、これは霊夢自身の技とも言ってもいい──ホーミングアミュレットだ。札が霊夢を追尾してくる。
ホーミングアミュレットを発動してるのは霊夢ではない。恐らく早苗だ。
取り敢えず、早苗に操られた札を相殺しなくてはならない。残りの操作可能な札で早苗に操られた札を相殺しようとする。だが──
「霊夢! 避けろ!」
「──!」
不意に魔理沙の声が聞こえる。その瞬間、気付く。
早苗が霊夢に向かって肉薄している。それも異常な速度で、だ。霊夢は必死に避ける糸口を探そうとするが見つからない。
そして早苗が目の前まで来て霊夢を殴ろう……としたが、
「「「――!?」」」
急に大地が揺れて動作がブレることで霊夢は殴られずに済んだ。それと同時に霊夢は早苗が操る札を相殺する。
「…………」
「……早苗、いくら家族だとしてもここまで暴れるなら容赦しないよ」
大地を揺らしたのは蛙の帽子を被ったロr──ではなく、愛くるしい容姿をしている諏訪子だ。さらに──
「スペルカード発動! 祟り神『ミシャグジさま』」
まるで大型の白蛇が四体群がっているような、ミシャグジが現れる。普通の人間であれば絶望させるほどの大きさ、そして強さを物語っている。
諏訪子はミシャグジを使役して早苗を襲えと言う命令を下す。これに従いミシャグジは早苗を襲う。
早苗は避ける……と諏訪子は踏んでいた。そしてミシャグジがずっと早苗を攻撃し、時間が稼げればカイが何とかして早苗を救うだろうと無意識的に考えていた。しかし、それがすぐに間違いだと気がつく。
早苗は避けるどころかミシャグジに突っ込む。
「……っ!」
諏訪子は早苗の狙いを二拍ほど置いた後、理解した。
ミシャグジを操ろうとしている
ミシャグジは神の存在、普通であれば操られることはない。だが、先ほど霊夢の札を簡単に操っていた。だからと言って神の存在を操れるかと言えば話は別だが、それでも一秒でも操ることができれば諏訪子はミシャグジに襲われる。その場合、諏訪子は瀕死レベルの怪我、最悪の場合……死ぬ。早苗はミシャグジが操れることを前提として諏訪子に突っ込んでいるのだ。その思考はいつもの早苗とはかけ離れ過ぎていた。
それに若干怯む諏訪子だが、それでも──
「私は……私たちは早苗にどんなことがあっても逃げない、そして助けるって決めたんだ。だから目を覚ませ! 早苗!」
ミシャグジに早苗を襲う攻撃命令は止めてはいない。たとえミシャグジに襲われても恐らく諏訪子は死なない、あくまで瀕死程度だと想定する。それよりも早苗を助けたい気持ちが結果として諏訪子の逃げを塞ぐ。
「…………」
諏訪子の叫びは早苗に届いているのか分からない。だが、諏訪子は早苗との約束を守る。そのためには早苗を助けないといけない。だから──
「──いっけぇ! 」
早苗を助けるためにミシャグジの力を振るった。