18話 巫女の概念は壊れました
「グラビティカード発動。増重『インクリーズグラビティ』」
「――ぐっ」
「――っがは」
霊夢と魔理沙にかかる重力が増える。それにより、地面にひび割れが起きる。それほどの威力故に二人は地面に平行――立つことさえ許されない。ただ、地面に這いつくばるだけ。
そこには死を与える――殺そうと、つまりは殺意が有ると分かる。
異常な冷酷さを見せるソイツは二人を見下ろす。そしてゆっくりと、ゆっくりと歩く。
「イレギュラーを……排除しないと……」
低く、低き声が二人に伝わる。
二人は攻撃を仕掛けられない。それほどの重力が、重圧が、彼女らにかけられている。
それを見ながら裏霊夢は二人を排除しようとして、
「グラビティカード発ど―― 、っ――!」
何かに吹っ飛ばされた。
またその威力はおかしいほどだ。なぜなら、裏霊夢は複雑骨折を、否、粉々に骨が砕けるような感覚を受けた。まるで車にでも轢かれたかのように。
だが、今は殺しあい。骨が壊れたぐらいで留めておく。
それよりも疑問が有る。
――私はなぜ飛ばされた!?
骨が壊れることよりも『何』に飛ばされたかが分からない方が、戦闘では恐い。分からないことによって死に直結することなんてよくある。それ故吹っ飛ばされた根元である『何』かを探す。
――アレは……『表』の私が立っている?
なぜ、『表』の霊夢が立っているのか、という疑問。霊夢にかかる重力を増やしたにも関わらず、平然と立っているのか。
数瞬して、理解への到達。
――アイツによって吹っ飛ばされたのか……!
そう思ったのも束の間。
さらに、追い討ちをかけるように霊夢は裏霊夢のもとに移動して殴ろうとする。
通常の人間ならば異常だ。ぶっ飛ばした本人がぶっ飛ばされて空中に浮いてるものに追いつき、さらに殴ろうとする。異常な速さ、それは霊夢の能力にある。
空を飛ぶ程度の能力
それが霊夢の能力である。恐らく、程度の能力として最も有名だろう。
しかし、考えてほしい。幻想郷の住民は大抵、空を飛べることが多い。ならば何故、霊夢の程度の能力が空を飛ぶ、という能力なのか疑問に残るだろう。
答えは2つ有る。1つは夢想天生――ありとあらゆるものから宙に浮き無敵となる。それが使えるから。
もう1つ。それはただ異常なまでに空を飛ぶのが得意ということだ。
霊夢は先ほどこの2つを同時に発動――否、前者だけはそのほんの一部を使っただけだ。
結果、自身が宙に浮き無敵になることで重力を無視。さらに脚力と推進力を合わせて異常な速度をたたきだし、裏霊夢に攻撃、ぶん殴ったのである。
そして再び攻撃を仕掛ける霊夢に対し、裏霊夢は冷静ではいられなかった。なぜなら『カード』の発動ができないからだ。
当たり前だが『カード』の宣言をするとき、時間を消費する。今この状況で『カード』を発動しようとするなら霊夢に殴られるだけだ。
だから裏霊夢は『カード』の宣言をせずに霊夢の攻撃を避けなければならない。
「ぐっ――」
「えっ?」
故に、『カード』を発動せず、避ける。
自身に能力、つまりは自身が受けている重力を増加させて霊夢の攻撃を避けたのだ。代償としては痛さ。しかし、それに引き換え霊夢の攻撃を避けることができた。
霊夢の速さは速すぎる故に、ストップをかけようとしてもいきなり止まることは難しい。
この瞬間、隙ができる。だから裏霊夢はすぐさま行動する。
「グラビティカード発動」
――くっそ……! 間に合え!
霊夢はUターンをして再び裏霊夢を殴ろうとするが、距離がありすぎる。故に『カード』宣言を許してしまう。
「全方重力『ランダムグラビティ』」
「――!」
「はあっ!?」
重力=地面に落ちる力
本来の意味として語弊があるが、これが分かりやすいのでこれを正しい意味合いとする。だが、この場合は異なる。異なり過ぎている。
地面に引っ張られる、引っ張られない以外にも、地面の平行状からも引っ張られる。これが数瞬の時間で常々変化している。否、操っているのだろう。サイコキネシスのように。
だが霊夢は『浮く』のでこの効果は受けない。だが、問題が有る。
それは魔理沙だ。魔理沙は『重力』で操られ、裏霊夢のもとに1秒かからずにたどり着く。そして、盾として使う。
これでは手を出すことはできない。
「――――」
さらに追い討ち。
魔理沙を『重力』を操り、霊夢に当てようとする。
「くっ――」
これであれば霊夢は攻撃することはできない。攻撃するのが霊夢であれば、だが。
「スペルカード発動! 恋符『マスタースパーク』!」
『重力』を操ると言ってもあくまで身体を動かされるだけで手足などは自分の意思で動かせる。だから魔理沙はスペルカードの発動ができたのだ。
マスタースパークで狙ったのは当然、裏霊夢だ。だが、手足が動かせるという弱点は当の本人が一番知っている。
「――――」
「外された……のぜ……?」
魔理沙は呆然、というか少し驚いていた。というのも恐らくだが、マスタースパークを『重力』操作で自身に当たらないようにコントロールした。
さらに、それだけでなく『ランダムグラビティ』によって裏霊夢はマスタースパークを操り、二人の方に向けてマスタースパークを返す。
「「――っ!」」
霊夢は避ける……が、魔理沙は避けることができない。なぜなら、未だ『ランダムグラビティ』によって操られているからだ。
――もらった。
裏霊夢はそう思ったが、それが違うことに気づいたのは魔理沙が攻撃を避けたとき……というわけではない。
「なっ……!」
魔理沙はマスタースパークを受けていた。にもかかわらず、傷ひとつさえついていない、無傷なのだ。一言でいえば常軌を逸している。なぜ、無傷なのか、それは――、
「魔理沙、貸し1つね」
「ああ!」
霊夢が魔理沙を『浮く』ようにしたからである。
今現在、霊夢はありとあらゆるものすべてを『浮かす』ことは不可能なのだ。なぜなら咲夜とウドンゲのように裏幻想郷が幻想郷と違う部分が有るので、その分チカラを発揮できないからだ。
今の霊夢は『浮く』ものとして指定できるのは1つだとなんとなく察している。それ故、今の行動を起こしたのだ。
「スペルカード発動! 魔空『アステロイドベルト』!」
無数の星が解き放たれる。
裏霊夢はその無数の星に『重力』操作で対処しなければならない。当然、それほどの量を『ランダムグラビティ』での対処は不可能だ。故に永続的に続いていた『ランダムグラビティ』を解除。同時に、
「グラビティカード発動。増重『インクリーズグラビティ』」
「ぐっ――」
「スペルカード発動! ブレイジングスター!」
重力の力を増やす。それにより星々は地に落とされる。霊夢も地面に這いつくばるようになる。
だが、今は、今だけは、魔理沙はほの効果を受けていない。実質無敵。その状態で裏霊夢にタックルをしかける。
「っ――!」
今、裏霊夢は魔理沙の行動に気づく。1つ目のスペルカードを囮のように使い、2つ目のスペルカードが本命だと。
だがもう遅かった。
「ぐはっ――」
タックルが直撃してぶっ飛ぶ。
速すぎて受け身をとることさえ儘ならなかった。
普通ではあり得ないほどの物音をたててぶっ飛び、裏霊夢は――気絶した。
二人は気絶した裏霊夢のもとに駆け寄る。そして気絶、という結果に満足していた。殺してもないし、怪我もそこまでのものは無い。
魔理沙は汗を拭い、霊夢と会話する。
「ふー、とりあえず一件落着だぜ!」
「そうね、とりあえず……だけど」
「なんか歯切り悪い言い方だぜ。まだ何かあるのぜ?」
「なーんかまだ有りそうな気がして」
「そうなのぜ? 私はそんな気まったく無いぜ!」
なぜかそれを誇張するように声に出した魔理沙は少しおかしいと、いや、もともとこんな性格だった気がする。
「とりあえずまた暴れても困るから拘束しといた方がいいのかしら?」
少し物騒なことをいうが、これは致し方ないことだ。
また、暴れたら倒せないかもしれない。それだけだ。拷問など、この二人は考えない。せいぜい質問をするぐらい、それぐらいにしか考えてなかった。




