14話 咲夜vs裏妖夢2
ケタケタと、狂い、笑い、右眼から圧倒的な量のどす黒い赤、朱、緋、茜、紅、赭を溢す。狂人ごっこなどではない。狂っている。狂い過ぎている。狂いの度を超え過ぎている。
刺した右眼はぐちゃぐちゃで、右手でそのぐちゃぐちゃしたものを臆さずに、右眼に指をつっこみ、かき回し、違和感なぐちゃぐちゃを投げ捨てる。
投げ捨てたのは刀にさされた眼球。常人であればあまりの痛さに悶えてもおかしくないそれを、彼女は痛みを無視して投げ捨てた。
「これでアンタらと五分、いやそれ以上だな。殺せる、殺しきれる」
言葉の悪さは先ほど戦ったときよりマシかもしれないが、やってることがオカシイ。悪道ではなく外道、否、外道を超越する言動予測完全不可能の末路……、それ故の外道さ。
――どういうこと!? 妖夢は何をしてくる!? 何が起きる!?
咲夜の瞬間的無意識な考えは裏妖夢の逸脱した動きで消え去る。
ただ、ただ、迅かった。それだけだ。目視することがギリギリ可能であるかどうかだ。
ヤバいと思い、時を遅くして防御の体勢をとるが……、
「――っ!」
時を遅くしてもそこに裏妖夢はいなかった。――否、いたが気付いたときには既に遅かった。
目下にて、刀を振るっていた。
咲夜は無意識のうちにナイフでガードしたが、あまりの衝撃で咲夜自身がぶっ飛ぶ。誇張などしていない。人間があり得ない速さでぶっ飛ばされたのだ。
「――がはっ」
結果、木におもいっきり背中をぶつけた状態となり、咲夜は苦悶な声を吐き出す。
それでもなお、状況を確認しなければならない、でないとこの妖夢には勝てない。
――鈴仙がいない……。私と同じで飛ばされたか……?
先ほど咲夜がいた隣にウドンゲはいたが姿は見当たらない。同じようにどこかに飛ばされたのかもしれない。だがそれより危惧してる部分が彼女にはある。
――この妖夢は強すぎる……!
何故、右眼を失うことで爆発的なチカラを獲得したのか、定かでは無い。しかし現実で起きている。
もし、それに対処できなければ死が訪れるだけだ。
「――っ!」
今の裏妖夢の速度は妖怪の速さの中でも逸脱している、そう言える。
なぜなら、咲夜はかなり吹っ飛ばされたはずなのに、もう近くまで咲夜に接近しているからだ。
しかし、咲夜はチカラの差に愕然とはしない。相手がどんな奴であろうと倒さなくてはならない。それ故、弱さを認めたことなど幾度となく有る。だが今回の相手は仲睦まじく話す妖夢……。たとえ違う妖夢だとしても助けたい。咲夜にはそんな気持ちが有ったのかもしれない。
しかし、今の裏妖夢のチカラなら助けることも、拘束することもできない。格上の存在に昇華したことで、殺し合いをしても勝てるかどうか分からない。
故に諦める――裏妖夢を助ける、拘束することを。そして、彼女は逃がしてもくれない。ならば殺す。殺すしか道は無い。残されていない。
楔は――縛りは消えた。咲夜の覚悟が、決心が、必要な勇気として捉えたからだ。
木の幹に食い込んでいた咲夜はまだなんら動作を起こしていない。なぜなら覚悟は決まったが、その分、当たり前だが時間を使ってしまったからだ。
故に死地に晒される。
「ソードカード発動 操二刀『ジ刀・カタパルト』」
二刀はカタパルトから射出された石のように速く、標的を咲夜として狙う。
咲夜はようやく動くが、もう『詰み』だ。二刀の速度が異常すぎる。咲夜はまだ、木の幹から抜け出せない。それほどの凹みだった。
さらに追い打ち。
右眼を失った少女は、少女ではないような気迫でぐんぐんと距離を縮める。そして『無』から作られた一刀を能力で伸ばす。
絶対絶命。『即詰み』。死を受け入れるしかない。
普通の人間であれば、だ。
「スペルカード発動! 幻世『ザ・ワールド』!」
時を止めた。
まさに咲夜ならでは――幻想郷ならではの日常茶飯事に起きるような、しかし普通の人間から見れば逸脱するものと呼ばれるアビリティ。人間のキャパシティを昇華している。幻想郷の外で見ればインチキ、成り立つはずがないもの。それは『詰み』から逃れる反則手、そういう一手だ。
咲夜の気持ちが残酷ながらも決心がつき、裏妖夢を殺す気持ちで固まってしまったが故の産物――それが能力の上限解放。否、幻想郷と同じ程度の能力が発動できるようになっただけだ。
時間停止の中、咲夜はナイフを『作り』、裏妖夢に投げ出す。出来る限り、時間が停止し続けるまで。裏妖夢の囲うように無数のナイフが投げられる――が、
「(元正斬)」
――時を止めたのに妖夢が喋っ――
――た……? と咲夜は思っただろうが、その思考を巡らすのは本能的にも状況的にも後回しにされる。
後回しになった理由は簡単だ。
――時が動いてる……!
裏妖夢は時が止まっている間、無意識に刀を振るった。それは願いとなり、時は正常の時間を進める運命となった。
反撃にでようと思った裏妖夢だが――、
「――クソッ!」
咲夜のナイフは無視できないほど、多く襲いかかる。
裏妖夢は手元に有る刀で背面を向かって飛んでいるナイフを叩き落とすように刀を扱う。そして残りの二本の刀で元々は正面だったナイフを捌く。
――くっ。時を勝手に元通りにするなんて……でも、殺さなくては。じゃないと死ぬ。
裏妖夢が反撃する……その前に、咲夜は仕掛ける。
「スペルカード発動! 幻世『ザ・ワールド』」
時は止まる。たとえ再び裏妖夢に時を動かされることは知ってても止める――咲夜にはしっかりとした理由をもって行動しているから、この行動を再びするのだ。
――時が止まらないわけではなく、時が止まった後に時を元に戻される。なら、時を動かされるまでに畳み掛ければ問題無い。
咲夜はすぐにスペルカードを畳み掛ける。
「スペルカード発動! 奇術『エターナルミーク』」
スペルカードを発動中、別のスペルカードを発動するのは本来であればしてはいけない禁則事項。弾幕ごっことしては成り立たない。
だが、これは殺し合い。反則だろうがなんだろうが関係無いのだ。
さらに追い討ちのようにナイフを投げる。
「そして時は動き……動かされる、だったわね」
「(元正斬)」
正常な時間は訪れる。それ故、ナイフは、弾幕は、裏妖夢を襲う。
圧倒的物量。これを裏妖夢が能力を使い捌こうとしても圧倒的物量により死ぬ――はずだった。
「――っ!」
明らかに、現実味を帯びていない。そんな光景が目の前に現れる。
刀が形状を変え、裏妖夢を守るようなドーム状の城塞となる。そして、咲夜の弾幕とナイフの猛攻を容易く防ぐ。それは裏妖夢の能力――剣を操る程度の能力の範疇のチカラなのかは分からないほどの異。
刀は元の形に戻る。それも一瞬にして。
そして裏妖夢は瞬時に行動を起こす。その行動とは半霊を近くに呼び寄せることだ。
「ソードカード発動! 二身『ツー・ミィ』」
――こ、これはっ……!
裏妖夢が二人になる。
そのタネは半霊が裏妖夢に成り変わったからだ。その裏妖夢も二刀持っている。
咲夜はこれを危機的過ぎる状況と判断――否、これを危機的と感じない奴はいない。なんとか死を覚悟して対峙してた裏妖夢が増えたのだ。たまったものではない。
――ヤバい、勝ち目が薄すぎる……!
「「死ね、偽者」」
二者になった裏妖夢は咲夜を挟み撃ちにする形をとり、咲夜を追い込む。
速さは二者とも変わらず、眼を見張る――目で追えないような速さだ。
「スペルカード発動! 幻世『ザ・ワールド』」
景色は全てセピア色へと変わる。
――遅延でも時を止めて時間を稼いで、打開の一手を見つけないと。
故にナイフを二者に投げ、スペルカード『エターナルミーク』を発動、そして全力で二者から遠く、出来る限り遠く離れていく。
――何か策を……、妙案でも何でもいい。この局面をよくしないと、死ぬ。
「「(元正斬)」」
二者は同時にセピア色を切り裂き、元の自然な色を取り戻す。それと同時にナイフと弾幕は襲う。
二者は再び刀をドーム状の城塞のように形状を変化させて防ぐ。
しかし片方の妖夢は爆発音の中心にいる。城塞の中に手榴弾が紛れ込んでいたのだ。
咲夜は妙案として考えたものとしては最良と思えるほどのものだった。
手榴弾をナイフと弾幕の攻撃の中に組み込んでいた。
咲夜はいつも1、2個所持してるが、紅魔館から出るのが急だったために1個しか所持してなかった。だがその1個をナイフと弾幕に混ぜることで裏妖夢は気付かずに、刀で自身を覆ってしまっているので、逃げ道が無い。故に爆発は直撃する。それは本体、もしくは半霊を倒せることとなる。
それは唸るほどの音をあげて、爆発する。中にいた奴はもう動けないだろう。
――これで残りは本体か半霊だけ……よね。
「ソードカード発動! 聖剣『エクスカリバー』」
「――っ!」
『何か』が咲夜の頭上を横切る。それがなんなのかすぐに判ったが、それ故にゾッとした。
あまりにも巨大すぎる刀だった。
裏妖夢は巨大な刀を横に一太刀したことで木々が、建物が崩れ去る。そして――、
「そこか偽者。今度こそ死ね」
咲夜を捉えて死の宣告をする。
『エクスカリバー』の効果時間はまだ続いている。今度は咲夜を狙うように、縦に一太刀いれようとして刀を振り上げる。
――縦で降ろすなら避けられる。
刀を縦で振り下ろすなら時を止めようが何だろうが避けられることは可能。咲夜はその考えをもつ。
故に今なら妖夢を畳み掛けられると考えた。
「スペルカード発動! 幻世『ザ・ワールド』」
時は止まる。辺り一面セピア色に変化。
――これほどの大技なら裏妖夢のもとに移動して殺せる。さっそく……っ!
移動しようと思っていた……が、移動できない。なぜなら――、
「ヒッ……」
咲夜でも異常過ぎて、恐怖の声と思えるような声を出してしまう。
片方の裏妖夢が咲夜の足を握っていた。それだけであれば咲夜は「ヤバい、どうやって抜ければ……」と思う程度だが、それだけではない。
片方の裏妖夢は足と呼べるほどの足をもっていない――つまり、足が原型を留めていないほど、ぐちゃぐちゃになっていた。さらには背中の骨まで見える始末。それにもかかわらず、咲夜の足を強く、強く握りしめている。
咲夜に今、誰かが「咲夜! 足が握られているわ!」と言っても何も思わないだろう。
今までこんな異質は味わってない、それほどの驚きと異常さだったのだ。
「絶望を味わったか、偽者野郎。もう死ねよ、早く逝け」
淡々とそのように喋り、裏妖夢は巨大すぎる刀を振り下ろす。
逃げようとしても逃げられない。
時を止めて、足を捕まれてる裏妖夢にナイフを刺しても足を握る力は弱まらない。それどころか強くなるほどだ。
故に思考は走馬灯と混在するものとなる。それを振り切ろうとしても頭がおかしくなり振り切ることができない。
――私は死ぬ……。状況を考えろ、私。焦るな! 裏妖夢の腕を切り落とせば……。
故にすぐさま実行。
罪悪感は異常に感じる、普通の心情であれば。だが、咲夜の心情は自身の死が近づく焦り、故に罪悪感は無かった。
だが、
――き、切り落とせない……。ナイフであれだけ刺したのに! なんで、なんで……!
それ故、絶望。希望は皆無。自身の寿命はあの巨大な刀が振り落とされるまでだ。
――何か考えろ! あの刀の攻撃を喰らったら即死。回避するのは足を捕まれてる妖夢を振りほどく、あるいは直接あの攻撃を止めるか。無理だ。……鈴仙は何をしてるの? 裏切ったのか、私を置いて。何で置いてくの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――
絶望を見せられ、自我が崩壊する。今まで何が駄目だったのか、振り返ることもできない。だが、
――咲夜は瀟洒なんだから。いつでもクールになることを考えなきゃ。華麗にキメテ相手にカッコいいってとこを見せつけるの! 私のメイドってスゴイんだよってことを皆に広めるんだ。ね、いいでしょ咲夜!
誰か……久しいようなそんな声。それを思うことで思いは想いに昇華、さらに想いは咲夜に届く。
――もしもピンチがあったら、私のメイドとしてクールにピンチを切り抜きなさい。
大切な誰かの声が、流れこんでくる。
誰か――否、主だ。咲夜の主――レミリア・スカーレットの声が咲夜に流れこんでくる。
咲夜は活力を取り戻す。絶望は消え、希望に満ち溢れる。
――この十六夜咲夜。お嬢様のために、クールに決めて差し上げましょう。
そう、心に誓って、
「スペルカード発動! 世外『ディメンションモーメント』」
咲夜は裏幻想郷という場所の『次元から少しずらす』。
裏妖夢は刀を振り下ろし、咲夜に直撃――しない。それどころか全くダメージを負っている姿も見受けられない。
さらに咲夜は、裏妖夢に肉薄、肉薄。
「なんで生きてる……! 死ねよ……!」
刀を操り咲夜に攻撃。
しかし攻撃はすり抜ける。
咲夜はさらに肉薄。
「消えろ! このゲス野郎!」
裏妖夢は『無』から刀を現出させ、咲夜を斬るように一太刀。が、やはりすり抜ける。
「クソッ! なんでだよ!」
当たらないことへの苛立ち、焦り、恐怖に侵食される。
それに対して咲夜はさらに裏妖夢に近づく。もう目の前にいる。
「――っ!」
裏妖夢は殺されることを危機し、咲夜を殴るがこれも当たらない。
そして咲夜は裏妖夢と密着。そして抱擁。
「大変だったでしょ、妖夢。泣いてもいいのよ」
「……えっ?」
殺されないことへの驚きも幾ばくか有ったが、それよりも妖夢自身、驚いたことが有った。それは涙を流してること――即ち、悲しみをもっていたことだ。
「えっ……。なんで? 涙なんか……?」
「妖夢、あなたがもしも私のことを嫌いなら、斬っても構わない。けど、私はあなたのことが好きだから。それはきっと変わらないわ」
……裏妖夢は泣いた。咲夜に抱きつく。まるで何かが途切れたように泣く。
「わかって……わかってま゛す。そして貴女が偽者なんかでも……ないこと。でも……ルーミアが殺されたのが……『表』って……言われたから」
何か、まだ記憶が改竄されてるかのような物言いに感じたが、今はそんなことは関係無いと思い、咲夜は我が子を抱くように抱擁し続ける。
「あの~、ちょっといいかしら?」
咲夜は声ある方に顔を向ける。そこには少し控え目に声をかけた者――裏幽々子がいた。
「……すいません、少し事情があってこんな格好になってますが……」
裏妖夢は今も泣いている。相当、大変な出来事だったと自覚しているからだろう。
だから、代わりに咲夜が話し相手となる。
「えっと、そうじゃなくて~」
裏妖夢を泣かした。とかの話ではないらしく、咲夜は頭にはてなマークを浮かべる。
「私が目を放した瞬間にどうして白玉楼がこんな状態になったかなんだけど……」
咲夜は回りを見渡す。そして把握。西行寺がほぼ崩壊してる。裏妖夢との戦闘で何も考えないにしろ、ナイフを多く投げ、弾幕も惜しみなく使った故に、この状況になってしまったと認識した。それほど集中したとはいえ、何も知らないように戦かったということは状況判断ができない証明になってしまう。
なにより、何を壊してもそれを知らず、裏妖夢に抱きつくことしか考えなかったことを思うと、あまりに恥ずかしすぎた。それを認識すると、
「ふ、ふぇ~」
と、よく分からない声を出してしまう咲夜だった。




