11話 デコイオブデットライン
冥界に存在するその建物は広大ですぐにでも迷いが発生し、自身の場所を見失ってしまうかもしれない。それほどまでの大きさだ。その場所即ち白玉楼。
咲夜とウドンゲは白玉楼が見える位置まで飛んできていた。
「鈴仙、ここで止まって」
「――? なぜですか?」
言われるがまま、ウドンゲは止まる。
だが、相手の情報を探る目的なら白玉楼に入らなければいけない。その理由は明白で、白玉楼に入らなければ幽々子とも話せないからだ。
だが、咲夜は白玉楼に入るどころかかなり離れた位置で止まるのだ。当然、疑問視せざるを得ない。
「いい? 藍は裏幻想郷の幽々子――略すと裏幽々子ということかしら」
「咲夜が略すとかって言葉初めて言葉にした気がする……」
「――そんなことはどうでもいいのよ。話を戻すけれど何故ここで一旦止まっているか、だったわね。それは信用できる者が裏幻想郷では裏幽々子しかいない……ということよ」
「――? それだったら早く白玉楼に行った方が良いと思うんですけど……」
ウドンゲは咲夜の話の核の部分を把握していない。それを察した咲夜は懇切丁寧に説明を始める。
「まず、裏幽々子しか協力者はいない……。ここまでは解るわね?」
「ええ、まあそれは解りますよ」
「それでは質問よ。白玉楼にいるのは裏幽々子だけかしら?」
「……!」
ウドンゲは理解した。白玉楼には幽々子だけでなく妖夢もいる。どうしてそんな単純な考えができなかったか自分でも解らなかったようだった。
「解ったようね。でも裏妖夢が極悪半人かどうかと言えば別でしょうね」
ウドンゲは何故裏妖夢も協力者でないのか。その可能性を模索し、持論を展開する。
「例えば、協力者が多くなるほど最悪なシチュエーションが起きる……とかですか?」
「私も似てるような見解よ。もう1つ有るけれど……紫好みでは無さそうな策だから論外ね」
――それって何ですか? って聞いても意味ないか……。
ウドンゲはそう思い、話題を変える。
「……今さらなんですが、あの結界は無視して良かったんですか? 結界って本来は何かを護るためで、今回は謂わば生と死の世界を超えた訳ですよね。本来、それは有ってはならないと思うんだけど……」
幽明結界を越えることは生と死を超越したことと同義だ。本来は有ってはならない。だが、咲夜とウドンゲはそれを行ってしまった。
ウドンゲの意見は最もだ。にもかかわらず、
「そうね。でもここは裏幻想郷よ。幻想郷のようなものだから問題無いわよ」
暴論のように聞こえても仕方ないが、これは正論だ。
そもそも幻想郷は全てを受け入れる。現世と冥界の境が亡くなろうが受け入れなければならない。そしてそれは裏幻想郷も変わらないのだろう。
「そ、そうですか……」
ウドンゲは少し萎縮しながらも返事をした。
「それにしても連絡来ないわね。こちらから連絡した方が良いのかしら?」
「じゃあ私が連絡してみるね」
ウドンゲは小型カメラを使って連絡を試みるようにしてるが、
「あれ? どうすれば連絡できるの?」
「連絡手段は有るはずだから……小さなボタンを押す、もしくは長押しだと思うわ」
「よく知ってるよね、咲夜は」
「まぁ、いつも色々調べることが多いからね」
この会話後、小型カメラからさとりにコンタクトをとろうとするが駄目だった。
「……どうします? もう少しここで待機します?」
「そうね。30分程度は待ちましょうか。一旦降りて待機しましょうか」
二人は地に足を着き、落ち着きやすい場所に移動する。
30分後。
「……流石に遅くない?」
「そうね。最悪の状況に陥ってることも視野にいれないといけないわね」
「最悪の状況?」
30分もさとりから連絡が取れないことで焦りに苛まれる。
「――恐らくだけれど……幻想郷で非常事態が起きていると考えた方が良さそうよね」
「非常事態……というと?」
咲夜は冷や汗をかいており、焦りの表情が伺える。
「『にとりの機械』が故障、もしくは破壊。あとは…………裏幻想郷と幻想郷が完全に断たれたかもしれない」
「断たれた……というのは?」
何が断たれたのか分からない。ウドンゲが言いたいのはそのことだろう。
「紫の顕現させた幻想郷と裏幻想郷の境目が断たれたということよ」
呆然とする。あまりの衝撃な事実に棒立ち状態になり、困惑。理解し、絶望を強制的に得てしまった玉兎がそこにはいた。
「それって幻想郷に帰れないってことですか?」
「そうよ。でも、あくまで可能性の話。それに紫がその対策をしていないとは考えにくいわ」
「そう……ですか」
最悪な非常事態は起きにくいことを示唆されたことでウドンゲは安堵してるようだった。
「それよりも……現状は非常に厄介な状況ね」
「連絡はできない、待つというのがベターかどうかで言えば違うようですよ」
「それは……何故かしら……?」
待つことが愚策。そのような意図有ることをウドンゲは言い放つが咲夜は意図を汲めなかったようで少し戸惑いの表情を浮かばせる。
ウドンゲはとあるモノに人差し指を向ける。それは霊だった。霊は幽明結界を通り過ぎるとあり得ない多さだった。だが、咲夜は白玉楼には何回か来たことがあるので気に止めるこは無さそうに飛んでいた。
「咲夜は分からないかな……。私の能力――波長を操る程度の能力でそこらにいる霊の挙動を繊細に感じとっていた。そうしたら今、3つほど挙動が明らかにおかしな霊が有った。……あとは解るわね」
咲夜は霊を見ていたが、言ってることは理解できていたが、特定の霊がそのような行為をしていたのは分からなかったようだった。
「……その霊が誰かに私たちの居場所を報せる、ということね。厄介極まり無いわね」
――恐らく、人間や妖怪でもこのタネを暴けるのは鈴仙、幽々子、そして妖夢ぐらいね。鈴仙がいなかったら詰みだったかも。
咲夜はそれを聞いて鈴仙を白玉楼側に連れてきた紫の采配を素直に称賛する。だが――
「――鈴仙、その霊のスピードは速いのかしら」
「いえ遅いですね。でも霊なので捕まえられませんよ?」
「解ってるわよ。霊より先に行って白玉楼にいる住人に話をつける、あるいは拘束するわ。とりあえず急いで白玉楼に行きましょう」
「ええ」
二人は立ち上がり即座に走り、滑空状態で急いで白玉楼に向かう。
「あらかじめ作戦を決めとくわ。鈴仙は白玉楼にいる住人にバレずに忍び込んで待機。その間に私は話をつけるわ。もし交渉が通じなければ拘束、最悪殺すかもしれないわ……。だから、話がつけられなかった場合は奇襲してもらえるかしら?」
「まぁいいですけど……。あまり殺しはしたくないですね……」
「……私も同感ですね」
二人は殺すことに罪悪感をもっているようで表情に青みを帯びていく。
それでもなお、白玉楼に速く向かわなければいけない。でなければ霊に先を越され、居場所を報される。
例え、今の居場所から移動しても誰かが白玉楼手前で潜伏されてると分かれば咲夜たちは怪しい奴としての烙印が押される。それを交渉の場に提示されれば明らかに不利だ。もしその状況を説明しても「証明しろ」と言われれば証明するのは困難だろう。
「鈴仙、この作戦は失敗はできないわ」
「……咲夜、交渉は私が行くわ」
唐突な申し出に少し拍子抜けてさまう咲夜がそこにはいた。
「えっ? でも!」
「咲夜は優し過ぎるんだよ。特に誰かを助けようとするときね。私の方が交渉者として適任――囮として適任と言うべきかしら」
「……気付いてたのね」
咲夜はこの期に及んでこの異変を解決することよりも友達を護ることを選んでいた。
「――私は玉兎。人間である咲夜よりかは丈夫よ。それに咲夜は奇襲の方が得意でしょ。で、あればそっちの方がベストよ」
ウドンゲはウインクをしながらそう応える……が、
「……貴女が囮に適任なのは理解してるわ。でも私は時を止めれる。その分であれば私の方が囮として最適よ」
ウドンゲは解っていた。友達を犠牲にしたくないと人一倍強く想う咲夜は意見を変えないと。今の咲夜の反論もかなりの強引さだ。
ウドンゲはそれに嘆息するが、同時に嬉しくも感じていたようだった。
「解った。囮役は咲夜に任せるわ。でも覚えておいて。死にそうになれば時止めで逃げて。私も能力で擬似的だけど光学迷彩みたく消えるから」
ウドンゲは約束をする。咲夜が優しいから逃げる選択はあまりしない。だから事前にしておく。
「解ったわ。では急ぎ――」
「それともう1つ。私に何が有っても生きてると思って戦って」
「…………!」
それは普通に考えればウドンゲが死ぬかもしれないとき、いい放つような言葉だ。
「じゃあ行くわよ咲夜。無事を願うわ」
「そうね。お互いの無事を祈りましょう」
二人は加速していく。霊よりも速く着き、交渉までの時間を稼げるように。




