囚われの少女
「ねえ、やっぱり嫌な予感がするから、中の様子を写真で撮ってみるね」
華桐は趣味のカメラを取り出し、部屋全体をパシャパシャと数枚写した。
「よく見えるように、明るいところに移動しよう」
メインルームへ戻ってから、全員でそのデジタルカメラの画面を覗き込んだ。
それぞれがその画像をじっくり見ていったが、少女の足元を見たきりんせいじの表情が変わった。
「おい、この少女の足元……影がないぞ」
非現実的な事実に臆することなく、きりんせいじは全員に伝えることにした。
そのことに関する感想は、
「まじか……おもしろいね」
と、華桐。
「なんで影ないの?(笑)」
と、るし。
「どうせ死んでいるんじゃネ」
と、L。
こいつら、頭大丈夫か……?
きりんせいじは心の中で、そう思った。言わなかったが。
「デジカメ、拡大して見てみるぞ」
「本当に影はないね……」
「ああ。他の写真の少女の足元にも影はないようだな」
「油断大敵です」
るしが力強く言った。
「あと、部屋自体におかしいところはないな」
きりんせいじは冷静に写真の気になるところを挙げていった。
「少女の足元に食べ物があるけど、手を付けられた様子はない……」
「もう食べる必要がないってことかな」
「新しく置かれたばかりなんじゃないの? 前の部屋で足音がしていたし」
「えっ、足音していたの?」
「おもしろそうだナ」
「この部屋に他に誰かいるのでしょうか」
「それより、鍵を開けに行こうよ」
きりんせいじが皆を急かす。
「仕方ない、行こう」
「そうだよ。赤信号、みんなで渡れば怖くない、って言いますし」
るしの言葉は、これからの向かうのは危険な所だと勘づいているようだった。
一行は少女のいる⑤の部屋へ入った。
「もしもの時にはわたしが……!」
「なにかあったらおれが犠牲ニ!」
なにやら危険を察知したのか、るしとLがそれぞれ物騒なことを言っている。
「怖いな……大丈夫、布を被っていきます」
華桐が謎の変装をし、少女を直視しなくていいように備えた。
それから華桐は、少女が捕らえられている牢屋の鍵を開けた。
開くと同時に、少女は華桐へ不思議そうに声をかけた。
「どうして布を被っているのですか?」
「これ今の流行ファッションなんだよ。知らないの?」
「そ、そうなんだよ」
華桐はさも当然であるかのように、適当なウソをついた。Lもこくこくと頷く。るしもそれに合わせた。
「えっ? あっ、あ、そうなの……?」
少女は困惑した様子だ。きりんせいじが話題を変えた。
「動けそうですか?」
「ええ、手錠が邪魔ですけど」
「動けるなら大丈夫ですね。今は暗いので辛抱していてください」
華桐はこんなところにいる少女に警戒し、手錠に対して鍵開けを試みることはせず、少し冷徹ともとれる言葉を返した。
そのとき、突然パッと部屋が明るくなった。
きりんせいじが何も言わずに電気をつけたのだ。
突然の明るさに反射で瞑った目を開く。間近で見ても、少女の足元に影は確認できなかった。
そして、どういうわけか、少女はどこか苦しそうにしている。
「見て大丈夫そう?」
少女を視界から外していた華桐は、小さな声でLに問いかけた。
「アウトな気がするワ」
「そんな怖がっていても何も始まんねえよ」
きりんせいじは呆れていた。
「ホントに影がない」
「ああ、それだけか……」
るしの言葉を信じ、華桐は目だけを出した。もうこの時点で、敵を直接見ないようにするという布の意味はなくなっているが、ツッコむ人は誰もいなかった。
代わりに、きりんせいじが少女に問いかけた。
「なんでそんなに苦しそうなんですか」
「光が苦手なんです」
「それなら早く言ってくださいよ……なんで勝手に点けたの?!」
華桐は、今度は少女の味方であるかような言葉を言ってみた。
少女はさらに苦しそうにしている。るしが質問を重ねた。
「どうして光が苦手なんですか?」
「それは……私たちの種族が、光が苦手だからです」
そう言うやいなや、少女の様子が見る見る変わっていった。
「光を消すんじゃない!!」
華桐は咄嗟に叫んだ。
少女の見た目は完全に変わっていた。口からは牙が覗き、不健康そうな青白い肌をしている。もはや以前の少女の面影はどこにもなかった。
「どうしたんですかいったい」
きりんせいじが勇敢に尋ねた。
「ああ、失敗しちゃいました……気付かれる前に、一人ぐらいやっちゃおうと思ったのに」
ぺろり、と少女だったそれは唇を舌で舐めた。
少女の正体は、吸血鬼だったのだ!
「きりんさんきりんさん、お酒お酒!」
「アルコール! アルコール!」
「やっちゃエ!」
敵かただの被害者か疑わなくてよくなったので、強気になった華桐、るし、Lの三人は、次の手を囃し立てた。
「くらえッ、俺のアルコール!!」
きりんせいじは、冷静に、そして力を込めてアルコールを投げつけた。
アルコールは、ヒュンと風を切る音を立てながら、吸い込まれるように少女もとい吸血鬼の脳天をぶち抜いた。
ゴンという鈍い音が響いた。
突然の態度の変わりように、吸血鬼は驚いた様子だ。お陰で四人は先手をとることができた。
「わたしから行きますね! おりゃああ!」
るしがこぶしに力を込めて吸血鬼に殴り掛かり、しっかりと命中。
その隙に後ろに回った華桐が、吸血鬼の首を拘束し、思いっきり締め付けた。場所が良かったらしく、一発で吸血鬼は気絶。
きりんせいじとLはそれぞれ刀斬りと機械化をしようと構えていたが、一番最初の攻撃が頭に決まっていたのがようやく効いたのか、吸血鬼は今になって膝から崩れ落ち、ばっちりと消滅した。
驚くほどあっさりと戦闘……とも言えない、一方的な攻撃は終了した。
「「ドロップ品は?」」
「手錠……かな」
期待を込めて問うLときりんせいじに、華桐が苦笑いしながら答えた。
一行は、少女のいた足元の食べ物を調べた。
それはなんてことのない普通のスイカだった。食堂のものだろうか。
「じゃ、俺が持っておこう」
きりんせいじが所持することにした。
「メインルームへ移動しましょう。どこか行けるところはないのかな?」