愛の狭間
手がかじかむ。
嫌なんだ。
かじかむ手を暖めようとか
傷んだ心を優しく包み込もうとか。
「ほら、サキちゃん。お手て出してみぃ。」
「あい。」
お婆ちゃんが、私の片手を両手で
交互包む。
「ほれ、暖まったじゃろう?」
「うん!あったかっ!」
そうしてお婆ちゃんは笑っていた。
当時の私は、恐らくその行為に
喜んでいた。 単純に寒さもしのげて
嬉しかったはずだ。
そしてその行為そのものに安心をしていた。
「お前の手っていつも冷てーのな。」
拓真が言う。
「出してみ、暖めてやるよ」
「ううん、大丈夫。
私、静電気ひどくって。」
「ふ〜ん。可愛くねーの。」
今日は拓真から連絡が来ない。
いつもの事だ。
私も気にはかけない。
どうして付き合っているのか。
どうして会うのか。
そんな事、どうだってイイ。
カチカチカチ。
いつものように、音がする。
「あー‥。 きっともうすぐなんだ。
またか‥。」
窓際に人影を見る。
「おう。 彩香またな!」
知らないところで私の知らぬ名を呼ぶ。
だって、私の名前はサキだから。
「うん!拓ちゃんまたね♡」
知らない声が、拓真の名前を
甘えたるい声で呼ぶ。
バイクに片足をかけ、いつものように
風を切りながら家路を急いでいた。
「おーさみぃ‥」
秒だった。
トラックの光を浴びながら
最後の言葉は音にかき消され、
拓真の姿はこの世から追放された。
そしてまた、窓際の人影も
スーッと消えた。
私の手は
気付いたら、嘘のように
暖かいのだった。