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12ヶ月

月夜の願い

作者: ちーずん

  幸せが壊れるのは、以外に簡単だったりする。


  幸せを手にするために俺達がどれ程長い時間を費やしたか。


  好きになって告白までで3年。付き合って2年。


  俺の19年という短い人生の中での5年は凄く大切なものだ。


  長かったはずなのに、短い。



  今日は記念日のはずなのに。

  もっと君を笑顔にさせてあげるはずだったのに。


  俺に迫るトラックは止まらない。



  幸せは、突然終わる。


  だからこそ人は「幸せ」と呼ぶのかもしれない。


  たった一瞬の喜びを。



  意識を失いながら、そんなことを考えた。





  「・・・・・・」


  目を覚ました先は、真っ白な世界だった。

  カーテンも白く汚れ一つ無い。


  「・・・どこ?」

  「んん・・・・・・・・・裕・・・・・・?」


  俺の呟きに、腕の方から声がした。

  長い髪をかきあげながら、彼女は俺を見ている。

  彼女の名は・・・・・・


  「ひな・・・・・・」

  「っ、裕! 目、、覚ましたんだ・・・・・・」


  彼女の顔を見て、思い出す。

  (今日は、デートじゃないか。確か、昨日帰って来てリビングで寝たんだ・・・)


  「あ、、ごめん、俺、デート遅れちゃったな」

  「え、、」

  「リビングで寝てたんだなー・・・・・・ひなが家に来たのも気づかなかったわ。起こしてくれたら良かったのに」

  「ゆ、、裕?」

  「今からでも、遅くないよな? 今日は記念日だろ? 一緒に出掛けようぜ」

  「裕! ・・・・・・もう、、やめて・・・・・・」

  「ひな??」


  リビングに、彼女の悲鳴の様な声が響いた。

  彼女は顔を覆うようにしながら涙を流していた。


  「なんで、泣いてるの?」


  俺の問いかけに彼女は答えない。

  寝そべったままでは首が痛くて、起き上がった瞬間、ここがリビングでは無いことがすぐに分かった。


  ピッピッと一定の速さで音を出す機械。

  点滴。

  真っ白な服。

  真っ白なベット。


  ベットの横に置いてある赤いスイッチに、ひなは涙を流しながら手を伸ばした。



  医者からは「月詠症候群」と言われた。

  聞いたこともない病名だった。


  真っ白な部屋に医者と看護婦さんが来て俺の説明をしてくれる。

  今日は9月8日だった。2人の記念日は、6月7日だ。

  どうやら俺は、交通事故に遭ったらしい。

  そして、後1週間しか生きられないらしい。


  「・・・・・・月詠症候群は、今の科学では治すことが出来ません」


  そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。

  回るのに、頭に残らない。


  「っつ、嫌だ・・・・・・」


  静まり返る部屋にひなの声が響いた。

  どうして俺よりも先にひなが泣いているんだろうか。

  ほんと、優しい奴。

  そこが、好きなんだけど


  「・・・・・・月詠症候群は、1日の事を忘れてしまう病気です」


  泣き叫ぶひなを看護婦さんが宥めている間、医者は俺にそう告げた。


  「事故よりも前の記憶はありますが、これからの記憶は1日1日で全てなくなります」


  言っている意味がよく分からなかった。

  開いた口からは、声が出ない。


  「・・・・・・今日にでも退院されて結構ですよ。私達に出来る事はやりました」


  冷たい言葉を残して看護婦さんと医者は部屋を後にする。


  ベットから上半身だけを起こすようにしていた俺は、そのままベットに倒れ込んだ。


  2人きりの部屋がやけに広い。

  白い。



  「俺、死ぬんだな」



  呟いた言葉は、ひなの嗚咽によってかき消された。



    9月8日


    今日は、病気を知った。

    何も感じない。ただ、ひなは無理したように笑っていた。

    このノートは、ひなには見つからないようにしよう。

    きっと彼女は泣いてしまうから。

    今俺は、1人で空を見ている。

    月が綺麗だ。

    この空を、ひなも見ているだろうか。

    淡く光る月。

    頭が痛い。もう、10時だ。

    どうやらこの病気は時間の経過も忘れてしまう様だ。

    ダメだ。こんな、沈んだ気持ちでは。

    楽しいことを思い出そう。

    今日は何をしたっけ。

    ・・・・・・今日の事なのに、あまり思い出せない。

    あんなに楽しかったはずなのに、思い出すのはまだ学生時代の頃ばかり。

    唯一、写真をたくさん撮ったことだけは覚えている。


    スマホのメモリーを見てくれ。明日の俺。


    今日の、ひなが写ってる。

    俺は忘れない。




  目を覚ました先は見慣れた部屋だった。

  ベットの上にある時間を確認するとまだ5時だ。

  なぜ、こんな時間に目が覚めたのだろうか。


  (まだ寝よう・・・・・・デートまでは、まだまだ時間があるし)


  と、布団に花を埋めていると視界の端にノートが写った。


  「なんだ、これ?」


  首をかしげながらノートを開くと、そこには俺の字で「月詠症候群」とか言う、訳の分からない病名が書いてある。


  「9月って、今日はまだ6月だろ? 俺、相当酔っ払っていたんだな」


  なんて言いながら文字を最後まで読んだ。

  俺の字は、涙で滲んでいた。


  スマホに、ひなのスマホから電話が入ってくる。

  静かに「もしもし」と応えると、ひなはかすれた声で「おはよう」と言った。

  俺は、ひなの声を聞いてこのノートが全て真実である事を悟った。



    9月9日


    今日は、ひなと1日中デートをした。

    会社を辞めた。

    どうせ後5日しか生きられないなら、ひなと一緒に居たい。

    わがまま、かな?

    遊園地に行った。

    久々に観覧車に乗ったよ。てっぺんから見下ろす街は最高だった。

    平日の昼間から観覧車に乗る優越感が、最高だ。

    そうそう。今日はひなの好きなアニメのキャラクターの日らしい。

    俺とキャラクター、どっちが好きかって聞いたら、キャラクターだって即答されたよ。

    「だって、死なないから」

    だってさ。


    キャラクターに負けちゃったよ

    ごめん。守れなくて。

    涙をぬぐってやれなくて、ごめん


    昨日の写真を見た。


    全く思い出せないけれど、写真に映るひなは満面の笑みだったのが嬉しかった。


    明日の俺は、ひなを笑顔にしてやってくれ




    9月10日


    急に日記が見つかったからビックリした。

    会社も辞めてるし。これからの生活、どう住んだよとか思ったけどさ、俺の日記、全部涙で濡れてんだよ。

    これも、ひなのおかげだよな。

    今日は1人で家にいたよ。

    することも無くて、ただ1人ボーッとしていた。

    本当は今日、ひなは会社を休んでくれるつもりだったらしい。

    だけど、俺がひなを縛り付けちゃいけないんだ。


    1人になって、流れる時間は意外に短いことに気づいた

    ひなの笑顔を思い出す度に涙が溢れてくるんだ。


    昨日が、記念日だったのに。3年間一緒に居た証の日だったのに。

    一昨日の俺も空を見ていたんだよな。

    今日は半月だよ。


    あの月が丸くなる頃には、もういないんだよな、俺は。



    ・・・・・・今日はもう寝るよ。

    おやすみ。





    9月11日


    今日は、記念日じゃないんだね。

    ひなのやつれた顔を見て、半信半疑だったのが確信に変わったよ。

    俺がひなを辛くしてるのかな。

    俺がいなければ良かったのかな。

    わかんないよ。


    ダメだ。頭がおかしくなりそうだ。

    楽しいことを思い出そう。

    それこそ、1ページ目の俺の様に。


    今日は、ひなに大事な話があるって呼び出された。

    何かと思えば、旅行のプランを立ててくれたらしい。

    有給休暇を使って明日から3泊4日だって、満面の笑みで言っていたよ。だから、今日は俺の部屋に泊まってる。

    今、彼女は俺の隣で寝息をたてているけど、さっきまでは一緒に月を眺めていたんだよ。


    9月はお月見があるからって言って、丼に米を敷き詰めて、白米だけを食べた。

    正直、何がしたいのか分からなかったんだけどさ。楽しくて仕方が無いんだよ。

    もっと、ひなと一緒に居たい。


    明日の俺。

    上手くやれよ。

    それで、楽しめ。

    俺の分まで





    9月12日


    ひなにこの日記を読めと言われて読んだ。

    ・・・ごめん、今日までの俺。ひなにこの日記読まれた。


    涙ながしてたよ。


    そうそう、今日は旅行1日目。

    別府って、なかなかいい所だな。温泉は気持ちいいし、ゆっくり出来る。

    「地獄蒸し」って言うのがあるんだけど、それのミルフィーユが大好物になったよ。

    ひなに、食べ過ぎだーっ、て怒られた。

    なんだかんだ言って、ひなも結構食べてたのに。

    後は、ひなと一緒に、泊まってる部屋についていた露天風呂から空を見た。

    綺麗だった。

    星はキラキラと輝いていたし。

    これが、今日の俺の最後なんだよな。


    明日からの俺にも、今日までの俺にも、この景色を見せてやりたかったよ。


    浴衣姿のひな、綺麗だった。


    ・・・・・・ずっと、明日も、明後日も、俺は俺で居続けたいのにそれは許されないんだな。


    今日はもう寝るよ





    9月13日


    何となく、冷静に受け止めれた。

    ひなから俺の病気を聞いて、この日記を読んで、俺は今まで戦い続けていたんだなと思った。


    昨日の俺、すっげぇ羨ましい。

    同じ俺の筈なのに、全然違う人の話を聞いているように感じる。

    あと2日。


    俺は、どう過ごすんだろうな。

    あと、ゴメン。

    今日のこと、全然思い出せないんだ。

    たださ、今、これを書いている俺の左手を優しく包み込んでくれるひなの手が暖かくて泣きそうなんだ。


    死にたくない。


    この記憶も、消したくない。

    嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ


    寝てしまうのが怖いのに、目だけは段々と重くなってゆく。



    大好きだよ、ひな





    9月14日


    なんで、明日なんだ。

    俺は、死にたくない。

    消えたくない。

    嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ



    月なんか、見たくない。

    何が、月を見ようよ、だよ。そんなことしたくなんか無い。

    ひなは俺の気持ちを分かってくれない。



    怖い





    9月15日


    今日は最後の日らしい。

    つか、昨日の俺、取り乱し過ぎ。

    今日死ぬハズの俺は、旅行最終日も満喫したよ。



    きっと、そうだ。


    昨日まで、ひなの写真なんて一枚もなかったのにさ、9月8日から凄い増えてるんだよ。

    とくに、9月14日。


    吾ながら、写真をとる才能あるわwww



    今、こうやって笑って書いていられるのは、写真のおかげかな。


    月を書いておくよ。


    これが最後の日記だから。


    はじめの頃の俺は、この日記を見られたくないって思ってたみたいだけど、後半、それガン無視だよね


    現に俺、ひなにこれを読まれながら書いてるよ。


    そうそう。きょう、何故かひなが月を見ようって五月蝿いから月を見たらさ、綺麗な満月だったよ。

    俺、ひなに告白したの、月を見ながらだったよなって思い出した。


    それからはさ、頭に流れ込むんだよ。いろんな思い出が。


    スマホを持つ手が震えて、涙が溢れて、ダメだよな。



    今日までの俺は、ひなとずっと一緒に居たいって思っていたみたいだけど、俺は違うんだ。




    ひなは、俺を忘れ去るべきだ。

    小説や、漫画である台詞みたいなんだけど、実際そう思うんだよ。



    幸せになって欲しいんだ。

    笑ってよ。


    大好きだ。愛してる。



    手に力が入らないや



    最後に




    おれのかのじょでしあわせでしたか?





    9月16日


    幸せでした。

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― 新着の感想 ―
[一言]  うわーっ泣けました(つд;*) 明日の朝ぜったい目はれてます、、  最後の終わり方がすてきです。それに最後の裕の文が平仮名なのが、もう、、切ないです。  これって前に言ってたお月見のやつで…
2016/08/17 22:15 退会済み
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